こんにちは。

3年のコックスの佐藤豪です。

 

私はボート部でコックス(艇に乗って舵をとり指揮する役割)として活動する傍ら、大学では文化人類学という学問を専攻しています。

今回は、このブログのタイトルにもあるように、この1年間、コックスとして活動する中で問い続けた「コックスはフィールドワーカーではないか」というテーマについて、私なりの視点で振り返ってみたいと思います。

 

 

文化人類学と「泥臭さ」

まず少し、私の専攻についてお話しします。

文化人類学とは、世界各国の文化調査(フィールドワークと呼ばれます)を通じて、社会の当たり前を問い直す学問です。

同じく社会の当たり前を問い直す学問に社会学がありますが、アプローチが少し異なります。

巨視的に社会全体の構造を把握する社会学に対し、文化人類学のアプローチはずっと「泥臭い」ものです。

 

文化人類学では、客観的なデータだけでは見えてこない、その土地の人々の「息づかい」や血の通った「感覚」を知るために、研究者自身が現地に飛び込みます。

単に観察するだけではありません。

彼らと同じ釜の飯を食べ、時には彼らと一緒に踊り、同じ屋根の下で眠る。

 

これは、研究者という「よそ者」の殻を破り、現地の人々と同じ目線で物事を考え、彼らの社会の仕組みや文化を内側から記述するためです。これを専門用語で参与観察と呼びます。

 

外から調べるのではなく、「キミたちのこと知りたいから仲間に入れてよ」と長い時間をかけ懐に入り込み、そのコミュニティの一員として世界を見る。

こうして得られた新たなモノの見方から、私たちの当たり前を問い直していこう、という学問です。

 

そんな人間臭いスタイル(と担当の先生の人柄)に魅力を感じ、私はこの専攻を選びました。

そして、この「参与観察」の姿勢こそが、私のコックスとしての活動の土台になったのです。

 

 

コックスが「ただの重り」にならないために

コックスは漕手と同じく艇に乗りますが、唯一、オールを持ちません。

そのため声で艇を進めなければなりません。

しかし、現実はそう簡単ではありませんでした。

 

私が乗る付きフォアは、舵手が船首に寝そべるトップコックス型。

自分の後ろで起こっていることの視覚情報はかなり限定的です。

頼りになるのは、コックス席に触れている私の背中の感覚や耳に入る音だけ。

わずかな振動や音から、揺れの原因や漕手の体の動きを想像しなければなりません。

しかし、当時の私(今もまだまだ研究中ですが)にはそのための知識も身体感覚も乏しく、漕手自身もまた、漕ぎの正解と艇の安定を求め苦戦していました。

「これでは自分が単なる重りにすぎないのではないか」そんな無力感を感じていました。

 

 

クルー内の「見えない壁」とフィールドワーク

さらに、結成したクルーは、先輩と後輩、ボート経験者と未経験者が混在しており、ここにも課題がありました。

結成当初は、どうしても先輩や経験者の発言力が大きくなります。

後輩は先輩に気をつかい、漕ぎの指摘ができない。未経験者は経験者に対して、あまりものを言えない。一方で私自身も知識不足で、対等に議論することができない。

 

この構造が、技術的課題を修正する自浄作用を妨げているのではないか?

そう感じた私は、自分自身でボートの知識を学びつつ、「クルー内で活発に意見交流ができる雰囲気を作ろう」と考えました。

そこでとったスタンスこそが、まさに伴走型のフィールドワーカー的スタンスでした。

 

 

「漕手のつらさや身体感覚を自らの体で知る」

コックスは通常、漕手と同じ強度の陸上トレーニングはしません。

しかし、時々漕手と一緒にエルゴを引いたり、サーキットトレーニングを一緒に行ったりと、実践的に「一緒に汗を流す」ことで、漕手と同じ視点に立ってコックスを務めることを試みました。

 

「この強度のとき、どんな声をかけられたら頑張れるか」「どのタイミングで苦しくなるか」。

それを頭ではなく感覚として得ることで、初めて彼らの内側からの理解が可能になります。

技術的なアドバイスがまだできない自分だからこそ、同じ視点に立ち、信頼関係という土台を作る。そうすることで、まず私と漕手の間にあった「見えない壁」を取り払おうと努めました。

 

最終的に全員がフラットに話し合える関係を作るには、まず自由闊達な意見交流ができる空気を醸成し、コミュニケーションの総量を増やさなければなりません。

そのためには、ドミノの最初の一枚目を倒すように、まずは私が率先してこの「見えない壁」を壊す必要があったのです。

 

私の動きと呼応するように、クルー全体でも、全員の努力で不断のコミュニケーションが積み重なっていきました。

その結果、少しずつ、未経験者や後輩であっても、経験者や先輩に対してしっかりと意見を言えるような土壌が出来上がっていきました。

 

 

「伴走者」になりすぎてぶつかった壁

しかし、私の伴走者的スタンスには新たな課題がありました。

信頼関係を重視し、「伴走者でありたい」という思いが強すぎるあまり、今度はリーダーとしての一線を踏み越えられない自分がいたのです。

その弱さが露呈したのが、7月の東日本選手権の予選レースでした。

予選終了後、ある一人の後輩漕手から「コックスのコールが響いてこない」という指摘を受けたのです。(忌憚のない指摘をしてくれた後輩に心から感謝しています)

 

コールが響いていない。

私は何度も何度もボイスレコーダーで録音していた自分のコールを聞き直し、要因を分析しました。そこで、ある一つの根本的な原因に行き当たりました。

それは、伴走者としてのスタンスが、自分の言葉の「芯」を奪っていたということです。

 

目を閉じ、頭の中で自分が漕手として極限状態で漕いでいる姿をイメージし、自分のコールの録音を再生してみました。

すると、驚くほど自分のコールが入ってきませんでした。

何か絶えず言わねばという焦りを紛らわす為に発せられたコール。練習で使い古した「借り物の言葉」の羅列。

大きな声は出しているが力強さがない。

コールがBGM化してしまっていたのです。

選手からすれば、練習で聞き飽きた言葉はただのBGMになります。

漕手の肉体的疲労がピークに達するレース中、そんな言葉が響くはずがない。

 

伴走型の「同じ目線で、一緒に頑張る」という意識が強すぎるあまり、レースという極限状態で本来コックスに求められる、漕手を牽引し奮い立たせるような「強さ」や「語気」、そして「勝負強さ」を無意識のうちに封印してしまっていたのです。

 

伴走しようという思考が、私のコールを「当たり障りのない、語気の強さのない」ものに変えていた。

そして今度は逆にそのコールが、リスクを恐れず勝利をもぎ取る「勝負強さ」への思考を、鈍らせていた。

 

 

「コックスは、勝負師でなければならない」

レースでは伴走者として寄り添うのではなく、「勝負師」としてここで仕掛けるという意思を持つこと。

音を立てずに忍び寄る勝機を見過ごさず、ここぞという場面で優位に立つこと。

コールの構成がどうとか、そんなことは二の次です。

 

予選のクルーミーティングを終え、余計なことは考えず、素直に勝ちに行こうと決めました。

横の艇との位置関係を見て勝負を仕掛け、シンプルに相手より先んじればいい。

 

原点に戻り、迎えた決勝B。

クルーで決めたプランと、勝ちに行くというまっすぐな心を持ち、発艇台へと時間通りに艇をつけました。

予選までは、発艇台に艇をつけ発艇号令を待っている間、「プラン通りにコールできるか」という不安がいつもありましたが、この時は不思議なほど不安がなく、まっすぐゴールだけを見ていました。

 

号令とともにレースがスタートし、5艇が横一列に並ぶ。

わずかな艇身差で自分たちの艇が優位になった中盤は、まるで中学時代の長距離走のような感覚でした。

相手が仕掛けてきたのを冷静に見極め、「先は譲らないよ」という固い意志で自分も仕掛ける。

それは、相手よりも少しでも早く先に出ようとする「野生の勘」に近いものでした。

 

漕手たちが懸命な漕ぎで作ってくれたピラミッドの土台。

その最後の頂点に、自分の駆け引きという一石を加えることで勝利を形にするイメージ。

クルーが私のコールに応えてくれ、私たちは2着でゴールしました。

 

この大会を通じ、私は一つの教訓を得ました。

それは、共感や伴走といったフィールドワーカー的視点と、統率や叱咤といったリーダー的視点のバランスの難しさです。

日常生活や練習では、相手と同じ目線に立つフィールドワーカーの姿勢が信頼を生みます。

しかし、ボート競技のレースという勝負の世界、特にコンマ一秒を争う中では、それだけでは足りません。

時には伴走者を辞め、強引にでもクルーを勝利へ導く「ケツをたたく強さ」が必要になるのです。

 

 

「陸上8割、水上2割」

先月の新人戦を終え、とあるインカレ優勝校のコックスの方と戸田でお話する機会がありました。

その方のお話の中で、特に印象に残っている言葉があります。

 

「コックスは、陸での準備8割、残り水上2割。」

 

誰よりも乗艇練習を自転車で伴走し、ビデオ分析も漕手と納得がいくまで行う。そして自身もまた、コールに対して膨大な試行錯誤を繰り返すなど、絶えず信頼づくりやクルーとコックスの技術向上に努力を惜しまなかったそうです。

お話を伺う前は、「インカレで優勝するようなクルーは、コックスより漕手のフィジカルやパワーが勝因のほとんどを占めているのではないか」と思っていました。

しかし、その優勝の背景には、漕手の努力をも凌ぐような、胆力の要求される地道な積み重ねがあったのです。

その方の姿勢こそが、まさに私が目指していた「泥臭いフィールドワーク」の究極形なのかもしれません。

 

この1年で、私の中でコックスという役割の解像度は劇的に上がりました。

当初の「ただの掛け声係」という印象から、「人間理解と駆け引きが織りなす、深遠なる弁証法の実践者」へと変わったのです。

 

 

「コックスのフィールドワーク」は終わらない

昨年の3月のクルー結成からあれほど待ち望んだインカレは、あっさりと、そしてあっという間に終わってしまいました。

オールを持たない私は、艇速にどれだけ貢献できたのか?

もしかすると、初心者かつ物理的重さという「マイナス」を、「±0」に戻した、つまり下地を作った程度だったのかもしれません。

 

しかし、本当の勝負はここからです。

独りよがりな「我が道」ではなく、スポンジのように環境や他者からの学びを貪欲に吸収し続け、多くの失敗と成功を重ねながら、「あの男が乗れば勝てる」と言わしめるくらいの「勝ちコックス」となる。そのために日々鍛錬を重ねる。

その集大成が次の全日本大学選手権(インカレ)です。

 

コックスという名の、深く、終わりのない領域へのフィールドワーク。

私のコックス・エスノグラフィーは、未だ書き出しの数行に過ぎません。

 


3年 佐藤 豪

 

長いブログになってしまいました。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

2024-2025のシーズンは、対抗コックスとして私自身初めて選出され、活動しました。

様々な問題に直面する中で、同期、先輩、後輩、OBOGの方々など、大変多くの人に支えられながら、シーズンを終えることができました。

本当にありがとうございました。

2025-2026シーズンも、自分の今持てる力を最大限生かし、全身全霊でフルスイングしてまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。