インカレが終わり、オフが明けて一か月。毎朝のように座るシートは、舵手付きフォア、即ち新潟大学ボート部対校クルーのCOX席。心のどこかで自分には縁がないと思っていたその場所から眺める白み始めた空と、その光を受けて煌めく「日本最長の河」の水面はいつのまにか、僕の日常の一ページに綴じ込まれた、当たり前の光景と化してしまった。尊敬する先輩から預からせていただいたこの景色を、そこに座る責任を、僕は今、噛みしめている。

 

 

 このシートは、僕にとって縁遠いものだと思っていた。何かに打ち込むストイックさ、一つの動きを徹底的に追求する細やかさ、大学の名前を背負うプレッシャー、その全てがクルー編成前の僕にとっては荷が重くて、少なくとも自分がこのシートに座るイメージは全くもってついていなかった。

 

 

「何事にても、我より先なる者あらば、聴くことを恥じず」

 徳川御三家の一角、水戸徳川家の9代目当主として天保の改革に示唆を与える藩政改革を行い、外国船の来襲に揺れる江戸幕府の中で一貫して攘夷論を主張した「烈公」にして「最後の将軍」徳川慶喜の実父、徳川斉昭が残した至言である。

 偉大な先輩にボート歴の長いクルー、そしてコーチ陣。「先なる者」がいくらでもいるその環境下で、僕は教えを請いながら少しずつ、対校COXとしてのイメージを固めてきた。とはいえ、預かったこの立場が持つ、想像以上に重いその重責に応えられているかは自信がない。否、「応えられていない」と断言することが適切だろう。コックスとしての技量も、コールの正確性も、前任者に遠く及ばない。クルーのモチベーション向上に寄与するという本質的な仕事ですら、全うできているかと言われれば答えはNOだろう。クルーの中で1,2を争うボート歴の短さに、経験値の低さ。きっと、クルーからみて言いたいことは山ほどある筈だ。

 

 

 

 …それでも。正直なところ、僕は今、物凄く楽しいのだ。COXとして「そこにいる」という実感があることが。
 きっとおかしな話に聞こえるだろう。縁遠いシートだったのだから。当たり前のことを言っているようにも聞こえるだろう。COXも含めてクルーなのだから。僕自身も、その「楽しい」がどこから来るのか、明確に言語化することができない。このテーマでブログを書くことを思い立ったのは先月末だが、ここまで公開までの期間が長引いたのはそういう背景がある(無論、単純に「多忙にかまけていた」ことも理由の一つであるが)。

 でもひとつ、確実に言えることがある。自分でもへたくそだと分かるコールで艇速が上がったり、漕ぎやラダーワーク、コールなどのフィードバックを交換し合ったり、僕のミスに怒鳴ってくれたり…。日々の乗艇の随所に、僕がいる意味を感じられる。曲がりなりにも、背中を預けてくれている。このクルーの中で、きっと僕は単なるラジオ機能付きの重りではない。いや、最初はそうだったのだろう。そういう状況から、僕はきっと少しずつ、着実に前に進めている。クルーのみんなが一緒に進んでくれている。その実感が、僕には嬉しい。だからこそ、疲れた心と体に鞭を打ち、今夜も僕は終電に乗る。日本最長の河、中日本から集まる流水の直上から、明日の朝日を眺めるために。そして何より、僕をクルーと認めてくれた仲間の、大事な背中を預かるために。

 

 

 気付けば新人戦までたった9日。でも、あと9日もある。先輩みたいには頼れない、情けないCOXだけど、このブログのようにまとまらない思考もブレブレの指針も、少しでも変えてやるぞと意気込んで。覚悟を胸に、筆をおく。

 

文責:COX・広報・漕手二年 谷村