史上最強の一角とも謳われた2024年度の台風10号「サンサン」は、海上で順調に蓄えていたその勢力を屋久島の峻嶺に一瞬にして削り取られ、九州と四国を力なく横断したのちに東海道沖で呆気なくその目を失い温帯低気圧に変わった。短時間で進路・速度ともに予報が次々と更新されていくさまは、さながら先の読めない世界情勢を暗示しているかのようで、埼玉県は戸田で行われるボート部のインカレにも(例え温帯低気圧に変わったとしても)その直撃により甚大な影響を及ぼすのではと不安になっていたものだ…出発の前日までは。
だが実際に辿ったその道筋は既に皆さんもニュースや天気予報で入手されている通り。運命のいたずらかはたまた一時は最強の名をほしいままにしていた大型台風故の気まぐれか、温帯低気圧と化すや否や北上を始めたサンサンは新潟から戸田へ向かう私たちの西方をすれ違う形となった。移動先で台風と出会い頭の邂逅を果たし、宿泊先である国艇で暴風雨という手荒い洗礼を受けるという最悪の事態は、すんでのところで回避されたわけである。だが漕手・マネージャーともに続々と会場入りが進むなかで、食事作りをはじめとする雑務を担うマネージャー陣はむしろその独特の雰囲気の洗礼を日に日に強く受ける形となったと言えるだろう。
今回の大会に参加したマネージャー陣は総勢4人。一見すると漕手との人数比では大きな問題にはつながらなさそうな人数構成だが、そのうちの3人が1年生という、遠征の経験に一抹の不安が残る内訳であり、編成自体は決して盤石とはいえなかった。
戸田入り初日から問題は幾つも発生した。経験豊富な先輩マネージャーの不調、食料や日用品の遠征に由来する激しい消耗、限られた食堂やキッチンスペースを他大学さんと共同活用する際に生じる不都合…挙げだせばきりがないそれらは正に、大黒柱が欠けたマネージャー陣にとっては襲い掛かる嵐のようで、そのスタートはお世辞にも安泰なものとは言えなかった。今までのマネージャー業務とは比較にならない高い壁が、この大会にはあったことは否定しがたい事実である。
だが、心が折れるメンバーはいなかった。
「高い塔を建ててみなければ、新たな水平線は見えてこない」
小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネージャーを務め、数多のトラブルに見舞われながらも満身創痍の「はやぶさ」を地球に帰還させ、貴重な小惑星のサンプルをもたらした川口淳一郎氏の格言のごとく、新たな水平線を望むための小さな石を私たちはひとつひとつ着実に積み上げていった。ハプニングが起きた時の影響はいずれも小さくなかったが、得意分野で他をカバーし合う柔軟さをそれぞれが発揮した。手の空いているサポートメンバーや練習が終わった漕手の助けもあり、気づけばクオリティーの低下という形で抜けた穴を実感することはなくなった(と、私は思う)。
陳腐な言葉ではあるが、そこには仲間への信頼があったのだろう。「自分が席を外しても、残ったメンバーで効率よく作業ができる」「誰よりも秀でているこの分野は、安心して任せられる」といった信頼関係が相互に築かれていたからこそ、パニックになったり「自分が自分が」と主張するだけでなく「任せる」という選択肢を安心して取ることができたのだろう。そして何より、部活を取り巻くムードは今日まで終始明るかった。経験不足故の不手際で迷惑をかけたタイミングもあっただろうに(少なくとも私は2度ほど、中程度のミスをやらかした。あれを迷惑と呼ばずに何と形容するだろう)、それを笑いと励ましに代えてカバーしあえていたその環境は、大会に臨むチームとしてひとつのあるべき姿ではないか。新体制になって半年、私たち1年生が正式に入部して3か月強という短時間でこうした良い雰囲気を漂わせることのできるこの組織を、私は本当に心地よく、そして誇らしく思う。
危機は人を強くするとはよく言ったもので、序盤の慌てぶりに比べればマネージャー陣は本当にしっかりと動くことのできる、強い組織になったと思う。ある意味ではこの合宿期間で最も成長したのは私たちマネージャーだとすら言えるかもしれない。
そして今日。「アテンションゴー」の合図とともに、ついに闘いが始まりを告げる。一年に一度、これまでの一年間の全てを賭けた決戦が。そしてその合図は同時に、レースの結果次第でこれまで以上に流動的になるスケジュールに柔軟に対応し、漕手が最大以上のパフォーマンスを発揮できるサポートを提供する、マネージャー陣、ひいてはサポートメンバー全員にとっての「真の闘い」の幕開けを告げる掛け声でもある。だが、急成長を遂げたマネージャー陣に追加合流したサポートメンバーを加えたサポート組織はきっと、この試練を乗り越えるだけの準備がすでに整っている。それはさながら、漕手という「はやぶさ」を支えるプロジェクトチームのようである。
高い塔を建てる準備は整った。建築途中のその塔はやがて、未だ何が待っているか分からない、だが確実に希望に満ちた「新しい水平線の向こう」を見渡すための強固な礎となるだろう。
文責:マネージャー1年 谷村