昭和59年(1984年)6月頃
山陰本線旧型客車のうち
京都発浜田行き普通客車列車である833列車
各駅発車時刻一覧等
(&過去ブログ修正92)
【投稿日 令和6年6月1日】
【修正 令和6年6月4日等】
※今回は文字数制限の関係でやむを得ず引用元のURL(令6.4に投稿した#455のブログに掲載)等の記載を省略
1 はじめに
(1)当時の運用形態
昭和59年2月~昭和60年3月ダイヤ改正前の山陰本線京都口旧型客車について、820レや835レ等に関する運用(#454等参照)、運用番号が福13の車両等の運用、834レや837レ等に関する運用がありました。そのうち、運用番号が福13の車両の運用(昭59.2福13運用)については、#455のブログで記載の通り、「838レ→833レ→544レ」の順序で運用され、そのうち833レは京都発浜田行き普通客車列車(旧型客車)でした。
(2)今回のブログでは
今回は、昭和59年6月の時刻表を元に、当時の833列車(833レ)について記載します。なお、838レの各駅発車時刻一覧、838レが833レに変わる場面、早朝の京都駅ホーム、833レが浜田駅に到着した後のこと、544レ等については#455のブログ等をご参照ください。
<参考>
※昭和54年12月体制及び昭和59年2月体制(概要)(私見)⇒#347、#365、#449、#451等のブログにて記載しているため、今回は省略します。
※山陰本線京都口旧型客車最終日(再掲)⇒昭和60年3月ダイヤ改正が昭和60年(1985年)3月14日に実施されたため、山陰本線京都口における旧型客車最終日は昭和60年3月13日になります。旧型客車廃止時期に関する詳細は、#347等のブログをご参照ください。
2 昭59.2~昭60.3ダ改前の833列車(833レ)
(1)両数等
昭和59年2月〜昭和60年3月ダイヤ改正前の833レの両数は、『鉄道ジャーナル別冊№12 国鉄私鉄客車列車1984』(鉄道ジャーナル社)や『国鉄気動車客車情報(84年版)』(ジェー・アール・アール)によると旧型客車の座席車4両(運用番号は福13、増結される場合あり)で、郵便車や荷物車は連結されていませんでした。その編成資料を改めて掲載します(#455に掲載した資料の一部を修正した資料を掲載)。
(6.6UP)
※当時の鉄道雑誌の記載状況から、出雲市以西?については544レと同様下り側に郵便車1両が連結?の疑惑があるが、真相は不明。
※「1980年代の客車編成記録」(客車倶楽部氏のHP)には、昭和59年2月12日(昭59.2~昭60.3ダ改前の時期に該当)の833レの編成(車番付き)が記載
昭和59年2月12日
京都発浜田行き
普通客車列車(旧型客車)
833列車(833レ)の編成
※「1980年代の旧型客車編成記録」(客車倶楽部氏のHP)により記載
DD51 1120(米)
+
オハフ33 195(福フチ)(青)
+
スハ42 7(福フチ)(茶)
+
オハ46 690(福フチ)(青)
+
オハフ46 20(福フチ)(青)
※「1980年代の旧型客車編成記録」(客車倶楽部氏のHP)のURLは次の通り
※客車の色については、フォロワー様からのコメントに基づき記載
(R6.6.2修正)
(2)当時の山陰本線833レの勇姿
①-1 早朝の京都駅1(昭和59年4?月〜9?月頃)
※引用元:旅一郎氏のYouTube動画「【バラエティ豊かな列車たち】保津峡1987 」(使用については了承済み)
(補足説明)
※この画像の京都駅山陰1番ホームに停車中の列車は、京都発浜田行き普通客車列車(旧型客車 833列車)で、時期は昭和59年(1984年)と思われる。奥に写っている12系客車は京都駅山陰2番ホームに到着直後の上り山陰号⇒この画像は、上り山陰号と浜田行き833列車が京都駅の山陰ホームで並んでいる場面
※1984年2月~1985年3月の浜田行き833列車(833レ)は、座席車が4両編成で、荷物車等の連結はなかった、とのこと(当時の鉄道雑誌等による)。また、増結される場合もあった、とのこと。
※上り山陰号については、#382のブログ参照
(URLは事情により記載省略)
(5.7UP)
①‐2 早朝の京都駅2(昭和60年正月三が日)
<引用>(#455のブログにも引用)
※引用元:日本国有鉄道ファン氏のAmebaブログ「1985年正月三が日のいずれか 寝台普通列車<山陰> 京都」より(使用について了承済み)
※撮影日は1985年正月三が日のいずれか、とのこと。場所は京都駅山陰1番ホーム。(時間は早朝)
※この列車は、京都発浜田行き普通客車列車である833レ。当時の833レは別記の通り通常は旧型客車4両であったが、この日は増結されていた様子。郵便車等の連結なし。
※日本国有鉄道ファンさんの当該ブログのURLは、#455のブログに記載(今回は別記事情により記載省略)
(6.2UP)
②保津峡等
※PHOTO:1980年代国鉄撮影日記
※引用元:「3-3 旧型客車(山陰)1984年8月 山陰本線夜行鈍行「山陰」と倉吉線と紀勢本線の旧客」(1980年代国鉄撮影日記さんのHP)より引用 (引用について了承済み)
※この列車は1984年8月の833レ(京都発浜田行き普通客車列車、旧型客車)で、場所は保津峡駅。
※引用元の「3-3 旧型客車(山陰) 1984年8月 山陰本線夜行鈍行「山陰」と倉吉線と紀勢本線の旧客」(1980年代国鉄撮影日記さんのHP)のURLは#455のブログに添付(今回は別記事情により記載省略)
(6.5UP)
③倉吉駅
<引用>
※引用元:旅一郎氏のYouTube動画「昭和60年3月ダイヤ改正前日」(使用について了承済み)
※この列車は倉吉駅に停車中の京都発浜田行き普通客車列車(旧型客車)である833レ。当時の833レは別記の通り通常は旧型客車4両であったが、この日は増結されていた様子
※時期は昭和59年(1984年)2月~昭和60年3月ダイヤ改正前の時期
※引用元URLは#455のブログに記載
(今回は別記事情により記載省略)
(5.7等UP)(6.5再UP)
※その他については、入手できていないため、記載省略します。
(3)各駅発車時刻一覧等
膨大なためうまく作成できないため、箇条書き形式で記載します。
昭和59年(1984年)6月頃
山陰本線旧型客車のうち
京都発浜田行き普通客車列車である833列車(833レ)
各駅発車時刻一覧等
※機関車はDD51
※京都駅山陰1番ホームに入線
※京都駅で、京都駅に到着する上り山陰号と交換
京 都 5:25発
丹波口 5:30発
二 条 5:35発
花 園 5:41発
嵯 峨 5:46発
保津峡 5:52発
馬 堀 (通 過)
※亀岡で園部発京都行き普通列車(気動車)と交換
亀 岡 6:01発
並 河 (通 過)
千代川 (通 過)
※八木で園部発京都行き普通列車(気動車)と交換
八 木 6:11発
吉 富 (通 過)
園 部 6:18着
※園部で園部発京都行き普通列車(気動車)と交換
園 部 6:19発
※船岡で福知山発京都行き普通列車(気動車)と交換
船 岡 6:25発
殿 田 6:31発
※胡麻で福知山発京都行き50系普通客レ(832レ)と交換
胡 麻 6:40発
※下山で福知山発京都行き普通列車(気動車)と交換
下 山 6:52発
和 知 7:01発
安栖里 7:05発
立 木 7:12発
※山家で綾部発京都行き普通列車(気動車)と交換
山 家 7:17発
綾 部 7:25着
※綾部で京都行き急行丹後2号(キハ58系気動車)と交換
綾 部 7:30発
※綾部〜福知山間は複線区間
※綾部~福知山間で福知山発東舞鶴行き普通列車(気動車)とすれ違い
高 津 (通 過)
石 原 7:37発
福知山 7:44着
※福知山で浜坂発京都行き普通客レ(旧型客車 834レ)と交換
福知山 8:03発
※上川口で豊岡発の普通列車(キハ58系気動車、福知山から京都行き急行丹後4号)と交換
上川口 8:12発
下夜久野 8:21発
上夜久野 8:31発
梁 瀬 8:39発
和田山 8:44着
※和田山で鳥取発大阪行き普通客レ(旧型客車 720レ)と交換
和田山 8:47発
養 父 8:53発
八 鹿 9:01発
江 原 9:10発
※国府で大阪行き急行丹波6号(キハ58系気動車)と交換
国 府 9:18発
豊 岡 9:25着
9:38発
※玄武洞で米子発京都行き特急あさしお2号(キハ181系気動車)と交換
玄武洞 9:47発
城 崎 9:53着
※城崎で米子発京都行き普通客レ(旧型客車 820レ)と交換
城 崎 9:55発
竹 野 10:06発
佐 津 10:16発
柴 山 10:20発
※香住で大阪行き急行だいせん2号(キハ58系気動車)と交換
香 住 10:36発
※鎧で京都行き急行白兎(キハ58系気動車)と交換
鎧 10:48発
(余部鉄橋通過)
餘 部 10:52発
久 谷 10:59発
浜 坂 11:06着
11:19発
諸 寄 11:23発
居 組 11:29発
※東浜で鳥取発大阪行き普通客レ(旧型客車 724レ)と交換
東 浜 11:37発
岩 美 11:44発
大 岩 11:48発
福 部 11:55発
鳥 取 12:08着
※鳥取で浜田発大阪行き普通客レ(旧型客車 726レ)と交換
※鳥取で大阪発博多行き特急まつかぜ1号(気動車)に追い越される
※鳥取で米子発大阪行き特急まつかぜ2号(気動車)と交換
鳥 取 12:42発
湖 山 12:48発
末 恒 12:55発
宝 木 13:02発
※浜村で鳥取行き普通列車(気動車)と交換
浜 村 13:07発
青 谷 13:13発
※泊で大阪行き急行だいせん4号(キハ58系気動車)と交換
※泊で浜田発福知山行き普通客レ(旧型客車 544レ)と交換
泊 13:30発
松 崎 13:37発
倉 吉 13:44着
※京都発倉吉行き特急あさしお3号(キハ181系気動車)は倉吉13:57着
※倉吉発京都行き特急あさしお6号(キハ181系気動車)と交換
※倉吉で米子発浜坂行き快速列車(気動車)と交換
倉 吉 14:12発
下北条 14:19発
由 良 14:26発
浦 安 14:36発
八 橋 14:39発
赤 碕 14:46発
中山口 14:52発
下 市 14:57発
※御来屋で出雲市発豊岡行き普通客レ(旧型客車 546レ)と交換
御来屋 15:18発
名 和 15:21発
大山口 15:28発
※淀江で博多発大阪行き特急まつかぜ4号(気動車)と交換
淀 江 15:47発
伯耆大山 15:55発
※伯耆大山〜知井宮間は電化区間
(米子・松江・出雲市の地区は電化区間)
※伯耆大山〜米子間は複線電化区間
※伯耆大山~米子で出雲市発岡山行き特急やくも12号(381系電車)とすれ違う
米 子 16:02着
※米子で大阪発浜田行き急行だいせん1号(キハ58系気動車)に追い越される
※米子で出雲市発福知山行き普通客レ(旧型客車 548レ)と交換
※米子で出雲市発岡山行き特急やくも14号(381系電車)と交換
※米子で出雲市発東京行き寝台特急出雲2号と交換
米 子 16:50発
※米子〜安来間は複線電化区間
安 来 17:01発
※荒島で小郡発鳥取行き特急おき4号(キハ181系気動車)と交換
荒 島 17:10発
揖 屋 17:18発
※東松江で出雲市発岡山行き特急やくも16号(381系電車)と交換
東松江 17:22発
※東松江〜松江間は複線電化区間
※東松江〜松江間で出雲市発米子行き普通電車(115系電車)とすれ違う
松 江 17:30着
※松江で浜田発東京行き寝台特急出雲4号と交換
松 江 17:39発
※乃木で米子行き急行ちどり(キハ58系気動車)と交換
乃 木 17:45発
玉造温泉 17:51発
※玉造温泉〜来待間は複線電化区間
来 待 17:58発
※宍道で浜田発米子行き普通列車(気動車)と交換
宍 道 18:05発
※荘原で鳥取行き急行さんべ2号(キハ58系気動車)と交換
荘 原 18:12発
直 江 18:20発
出雲市 18:26着
※岡山発出雲市行き特急やくも11号(381系電車)は出雲市18:30着
(出雲市駅で上り山陰号を見ることができた)☆
出雲市 18:42発
知井宮 18:48発
※伯耆大山〜知井宮間は電化区間
※当時の知井宮駅は現在の西出雲駅
神 西 18:52発
※江南で小郡発米子行き特急おき6号(キハ181系気動車)と交換
江 南 18:58発
小 田 19:07発
田 儀 19:12発
波 根 19:20発
※久手で浜田発米子行き普通客レ(旧型客車 532レ)と交換
久 手 19:28発
大田市 19:32着
※米子発益田行き急行石見(キハ58系気動車)に追い越される
大田市 20:04発
静 間 20:09発
※五十猛で米子行き急行さんべ4号(キハ58系気動車)と交換
五十猛 20:18発
仁 万 20:25発
馬 路 20:30発
湯 里 20:34発
※温泉津で下関発出雲市行き50系普通客レ(828レ)と交換
温泉津 20:40発
石見福光 20:45発
黒 松 20:50発
浅 利 20:55発
江 津 21:03着
21:10発
都野津 21:16発
敬 川 (通過)
波 子 21:22発
久 代 (通過)
下 府 21:29発
浜 田 21:35着
※浜田で浜田に到着した普通列車(気動車)を見ることができた
<補足>
※「京都→浜田」の走行距離は474.9km(R6.6.3追記)
※833レが途中駅等で交換・すれ違いをする京都行きの列車は、山陰本線経由
※寝台特急出雲2号及び寝台特急出雲4号は山陰本線・東海道本線経由
※寝台特急出雲2号は14系14形寝台客車、寝台特急出雲4号は24系25形寝台客車
※833レが途中駅等で交換・すれ違いをする大阪行きの列車は、山陰本線・福知山線経由
※833レが途中駅で追い越される大阪発の列車は、福知山線及び山陰本線
※833レが途中駅で交換・すれ違いをする岡山行きの電車は、山陰本線・伯備線経由
※特急やくもは381系電車
※出雲市駅に関して⇒フォロワー様より、833レが出雲市駅に到着時既に上り山陰号が出雲市駅に入線していた旨連絡あり(R6.6.4修正追記)⇒(☆⇒R6.6.4修正)
※京都~上夜久野は京都府、梁瀬~居組は兵庫県、東浜~米子は鳥取県、安来~浜田は島根県。それ以外は記載省略。(R6.6.2追記)
※1984年6月の時刻表に基づき記載
※その他詳細については記載省略
3 参考 昭和59年1月以前について
当時の鉄道雑誌やHP等で確認すると、昭和59年2月~昭和60年3月ダイヤ改正前の山陰本線833レには郵便車や荷物車は連結されていませんでしたが、昭和59年1月?以前については連結されていました。詳細は#455のブログにて引用のX(旧Twitter)のポスト(旧ツイート)をご参照ください。
4 その他
昭和60年3月ダイヤ改正後の経過等については、#347等のブログにて記載しております。昭和61年11月ダイヤ改正後の832レ(今回のブログで取り上げた833レのスジを京都→福知山間で走行)については、以前投稿したブログをご参照ください。
5 過去ブログ修正
今回のブログに、#455のブログで掲載していた833レの勇姿を引用したため、#455に引用する833レの勇姿は1点にする予定です。また、833レの編成資料について、今回修正後の資料を掲載したため、#455のブログは箇条書きで編成の説明をする形に修正する予定です。その他、今回のブログと重複する箇所については簡略化する予定です。
<参考文献>
・『国鉄監修 交通公社の時刻表』(1984年6月号、1985年1月号等)(日本交通公社)
・『鉄道ジャーナル別冊№12 国鉄私鉄客車列車1984』(鉄道ジャーナル社)
・『国鉄気動車客車情報(84年版)』(ジェー・アール・アール)
・「3-3 旧型客車(山陰) 1984年8月 山陰本線夜行鈍行「山陰」と倉吉線と紀勢本線の旧客」(1980年代国鉄撮影日記のHP)
・「1980年代の旧型客車編成記録」(倶楽部メモ:客車倶楽部過去ロク集のHP)
・「客車列車の編成記録」(別館一般型客車資料室)
・『国鉄客車ガイド』(昭和58年7月20日発行)(㈱ジェー・アール・アール)
・旅一郎氏のYouTube動画「【語り】昭和60年3月ダイヤ改正前日」等
・日本国有鉄道ファン氏のAmebaブログ「1985年正月三が日のいずれか 寝台普通列車<山陰> 京都」
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都道府県や走行距離等について後日別途ブログ作成
誤字脱字等があれば、その都度訂正します。
引用箇所について転載等禁止
本日も最後までご覧いただきありがとうございます。