『久保田淳座談集 暁の明星』を笠間書院から寄贈され、目次の中に岡野弘彦先生の名前を拝見した時の感動は今も忘れられません。
岡野先生とは、私がまだ会社(編集プロダクション)勤めをしていた頃に、仕事を通じて約2年間のお付き合いをさせて頂きました。学習研究社が発行していた『皇室アルバム』(年4回刊行)の「和歌と花の旅」というコーナーを私が編集者として担当していました。
このコーナーは、歌人の岡野先生が皇室とゆかりのある地を歩き、その旅路で和歌を詠み、花を愛で、歴史を振り返るといった紀行文と写真とで構成していました。毎号、岡野先生と皇室アルバムのY編集長とカメラマンと私の4人で2泊3日の取材旅行をしていたのです。私はまだ駆け出しの編集者だったので、Y編集長には随分お世話になりました。
この約2年間の経験が、私の出版人生の大きな礎のようなものになっています。特に、私が学者好きになったのは、岡野先生のお人柄に魅了されたからです。岡野先生は日本を代表する歌人であり学者であり、折口信夫の最後の内弟子でもあります。また、元・宮内庁御用掛で、昭和天皇の作歌指南役をお務めになり、皇太子徳仁親王(現・天皇陛下)や雅子さま(現・皇后陛下)にも和歌の進講をされ、歌会始選者も長年お務めになられました。
Y編集長と一緒に岡野先生のご自宅に泊めて頂いたこともあるのですが、ご自宅の地下にあった書庫はまるで小さな図書館のようでした。その膨大な蔵書には、さすがのY編集長も感心されていました。
岡野先生もY編集長も私の恩人であるにも関わらず、『ロゴスドン』の発行を始めてからは疎遠になってしまいました。第21号までTさん(大学生の頃に左翼の学生運動をした人)の寄稿をメインの連載に据えていたために左翼系運動誌という誤解を招いたからだと思います。
そんな経緯もあって、『久保田淳座談集 暁の明星』で岡野先生と名前をご一緒させて頂けたことは、私の中ではこの上ない喜びと感動になりました。そういう意味でも、久保田淳先生には、深い深い感謝の念を抱いているわけです。