『ロゴスドン 第78号』特集・続編その67 | ヌース出版のブログ

ヌース出版のブログ

新刊・既刊・『ロゴスドン』Webの新連載情報等

本日、『ロゴスドン』Webの特集を更新しましたので、当ブログでも紹介します。

 

『ロゴスドン 第78号』特集・続編その67

 

東京大学の脳研究施設生理学部門で時実利彦教授に師事され、視覚的な対象の位置と動きを知覚するニューロンを発見された頭頂葉研究の第一人者・酒田英夫先生にインタビュー!

 

 『ロゴスドン 第72号』の発行は、2007年(平成19年)12月1日でした。この号の特集を「頭頂葉」にしたのは、前号の特集インタビューにおける生命科学者・石浦章一先生の「人を殺すのはなぜ悪いのか、ということも脳が規定している」というお話を受けて、頭頂葉研究で抜きん出た発見をされた脳科学者の酒田英夫先生にご登場頂きたいと思ったからです。酒田先生は当時、東京都神経科学総合研究所生理学研究部長と日本大学医学部教授と東京聖栄大学教授を兼任されていましたので、東京聖栄大学の研究室でインタビューをさせて頂きました。


 まず最初に、「エピソード記憶と意味記憶」という小見出しを付けたお話を頂きました。その後は、「知覚研究の反面教師になった、構成主義の考え方」「複雑な知覚を基にした運動の制御をする頭頂葉」という小見出しを付けたお話が続き、その流れで「右で構造を認識し、左で動作のコントロール」という小見出しを付けた次のようなインタビューが展開しました。



(宮本)酒田先生は視覚的な対象の位置と動きを知覚するニューロンを発見されましたが、具体的に何がヒントになったのですか。

 

(酒田)頭頂葉の破壊症状が最初の研究のヒントになりました。頭頂葉の破壊症状っていうのは、学生の時の講義で見るチャンスがあったんです。一つはウィーン学派のゲルストマンという人の発見した「ゲルストマン症候群」というもので、自分の手の指がどの指か分からなくなる手指失認が特徴です。それから計算ができなくなる。それと左右の区別がつかなくなるという症状と、字が書けなくなるという症状がそろったケースがあったんです。そんな患者さんに会う機会があって、不思議な症状だなと思っていたんです。研究を始めた頃に、頭頂葉の破壊症状で、もう一つ有名だったのはバリント症候群、これが一番初めの症例で、精神性注視麻痺という、ちょっと分かりにくい言葉なんですが、目標に目を向けることができない眼球運動の障害です。それと、視覚性運動失調といいまして、ものを取ろうとすると、うまく手がその場所にいかないという症状です。もう一つは、非常に面白い症状なんですが、何か一つのものを見ていると、それ以外に注意を向けることができない、一回に一つのものしか見えないという症状があります。もう一人、ホームズというイギリスの神経学者がいまして、第一次世界大戦中の銃弾損傷による両側頭頂葉の破壊症状について調べたんです。その論文を「視覚的定位の障害」と名付けたんです。その考察の中で、はっきり距離知覚の障害があることを系統的に述べています。 

 

(宮本)距離知覚の障害で、日常的なことでいうと、例えばどんなことができなくなりますか。 

 

(酒田)まず、目標を注視できないということと、ものの位置が分からないということです。特に、遠近の距離の識別ができない。それから、あとは動きですね。遠近の動きが分からない。そして、それに伴って、例えば、ものを目に急に近づけた場合に、普通はまばたきするんですが、まばたきの運動もしない。ということで、奥行き運動の知覚が障害されていることが分ります。それから、道順が分からなくなるということがあります。そういったようなことが知られています。

 

(宮本)例えば、千鳥足なんかも、その症状の一つとしてあげてもよさそうですね。 

 

(酒田)それは、むしろ小脳の症状です。頭頂葉ももちろん関係あるんですけれども、どちらかというと、小脳症状として特徴的なものです。 

 

(宮本)では、今、話題になっていますミラーニューロンですが、これは頭頂葉と関係が深いのではないでしょうか。 

 

(酒田)観念運動失行とたぶん関連があると思いますが、あれは頭頂葉というよりは運動前野で、イタリアのリツォラッティー先生が見つけたんです。最初は、サルがある動作をしたときに反応するニューロンを記録していたんです。これは腹側運動前野のF5という場所にたくさんあるんですが、それを記録していたら、ある時に、実験者が同じ動作をして見せた時にも同じニューロンが反応したので、ミラーニューロンという名前をつけたんですね。

 サルが自分の動作を起こす時に、活動すると同時に、人が同じ動作をした時に、その動作を視覚的に見て反応する。これは頭頂葉にもあるようなんですけれども、まだ、ちょっと研究は充分に進んでいないんです。

 あれで特に面白いのは、言葉の発達と関係があるということですね。領域として、運動前野というのは、ブロードマンの運動性言語野と非常に近い場所にあるんです。そして、目で見て反応するということ以外に、いろんな動作の時に発する音ですね。例えば、ものをビリビリ破く音とか、ハンマーで叩く音とかですね、いろいろ、そういう音を聴いた時に反応するんです。それは頭頂葉より後ろの上側頭溝の周辺で見つかっています。それは、側頭葉に近いところです。そういうことから、言葉の学習というのは、言葉を聴いて、その時にする動作を真似するという、一種の模倣から始まるんじゃないかという学説を、リツォラッティー先生と、それからアメリカのアービブというコンピューターサイエンスの科学者が共同で発表しましてね。その研究が、かなり発展しているんですね。それでミラーニューロンというのがかなり有名になっているんです。

 

(宮本)では、ミラーニューロンも、頭頂葉と絡めて研究を進めていけば、大きな発見ができるかもしれませんね。 

 

(酒田)そうですね。私たちは実はその領域はあまりやってなかったんですけれども、下頭頂小葉の7Bという領域がありまして、そこにミラーニューロンが見つかったんです。それで、手の形の情報が一方はそれを模倣するために、もう一方は対象の形に合わせるためにというように別の目的に使われることが分かったんです。模倣から始まるといいましたが、無意味動作の模倣という場合も明らかに認識と制御の両方が必要なわけです。認識するということが前提で模倣ができるということになりますから、その認識を伴った行為にはやはり頭頂葉が必ず関係していると思います。それで、頭頂葉はどちらかというと、その行為の命令というよりは、その行為を常に知覚して、認識しながらコントロールするという時に働くのではないかと考えています。 

 

(宮本)運動の指令の役割を果たしているということですよね。  

 

(酒田)運動の指令を出すのは運動前野ですが頭頂葉がやっているのは、視覚的誘導と言っていますが、自分がやっている運動を絶えず視覚的にモニターしながら誤差を修正して正確な運動のコントロールをするのが頭頂葉の役割だと思います。それと、私はまず三次元的な形と構造の知覚という側面に注目して、三次元構造の識別が頭頂葉ニューロンの働きによるという確信をつかんだんですが、それをどこで物を組立てる構成行為と結びつけているかについては、まだ見当がつきません。たぶん、手操作におけるAIPのように、実際に運動の指令を出す運動前野またはそれより高次の前頭前野と頭頂葉の後部を結びつける領域があるだろうと思いますが、それは今後の課題ですね。ただ、構造を認識するのは右の頭頂葉で、動作をコントロールするのは左の頭頂葉であることは間違いないと思っています。 

 

 その後は、「三次元図形と頭頂葉」「頭頂葉とナビゲーション」という小見出しをつけた非常に興味深いお話が展開していきました。

 

 この特集インタビューの全文は、『学問の英知に学ぶ 第六巻』(ロゴスドン編集部編/ヌース出版発行)の「六十四章 頭頂葉からの知覚哲学」に収載してありますので、ぜひ全文を通してお読み頂き、神経生理学から知覚と脳の謎について考えて頂ければと思います。