本日、新刊『生物多様性を探る』(下巻)を発行いたしました。実は下巻の原稿は著者が入院中に完成したのです。完成前に脳梗塞を発症され、左半身が効かなくなって入院されていたからです。パソコンを院内に持ち込まれ、校正用紙(ゲラ)等は著者の奥様が病院に届けてくださいました。難産の末に生まれた下巻だけに、担当編集者である私としても、生涯忘れることの出来ない作品になりました。是非とも、より多くの方々に読んで頂きたいです。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4902462370
本文の一部をご紹介させて頂きます。
「今すぐには役に立たない研究だが、数十年の時を経ると役に立つ、といって空威張りしていても、自己満足になるだけで、地球上に今生きている80億の人々にとっては、呪文がひとつ積み重ねられているようなものである。すぐに役立つわけでもないそのような作業を堅実に積み上げながら、私の頭の中では、もうひとつの想念が広がっていた。現地調査とハーバリウムでの作業を重ねて植物相の調査研究を推進していた私だったが、生物多様性の専門家という立場から、直面する環境問題への対応も求められ、その面からの問題の整理も迫られていた。実際、私が生物多様性の重要性について問題提起を始めた1970年代の終わり頃には、分類学が過去の遺物だといわれていたように、研究対象としての生物の種多様性を意識
することは、学界の主流に沿うものではなかった。
科学のある領域の専門家というのは、その領域で新しい知見を開拓する人であるが、新しい知見を開拓するためには、その領域で何が解明されており、何がわかっていないかを正確に理解していることが最低限の条件である。言い換えれば、専門家というのは、当該領域で何がわかっていないかを一番よく、正確に知っている人である。知っていないで、有益な提案をするというのはあまり科学的なこととはいえない。わからないことを正確に認識しているからこそ、それをわからせる研究ができるのであり、わからせたことについて論文が書けるのである。
そんなことを整理しながら、その上で、生物多様性の専門家として、何が提起できるのかを考えていた。そのためには、わかっていないことはともかく、少しだけ科学が解明している事実を基盤にして、今私たちが未来に向けて何を考え、行動すべきかの指針をまとめる必要がある。そのために、生物の種多様性の研究に関わっている者が、現実に解明した事実に基づいて、何を統合的に理解し、そこから何が提起できるかを示す必要がある。そう考えて、現に解明されていることから見えてくる生物多様性の実像を追おうとし、その結果まとめたのが、細胞や多細胞の個体より上の階級で、より完全な生き方を示す「生命系を単位とする生」という視点である。」
(本文「生命系を考える」より)


