ヌース出版のブログ

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本日、新刊『なぜ黙るのか』(沈黙研究会 編)を発行しました。当編者は、『ロゴスドン』に連載をして頂いていた早稲田大学名誉教授の山本武彦先生にご紹介を頂いた学会です。学術書ではありますが、一般の方々にも教養書としてお読み頂ける内容となっています。

 

 

 

 

『なぜ黙るのか -沈黙の民主主義と外交-』

(沈黙研究会 編)

2026年1月30日発行 

A5判

180頁

定価 2,090円(税込)

ISBN978-4-902462-38-8

 

(内容)

沈黙ばかりでは民主主義にならない。

しかし、沈黙を許さない民主主義は騒々しい。

沈黙の効用と限界を政治学・比較政治・国際政治史から探る。

 

 時に、沈黙ほど雄弁な表現はない。それは沈黙がイエスであるにせよノーであるにせよ、解釈を拡げられる表現だからである。舞台では「間」の取り方として重宝されている。

 それでもこの掴みにくい難題に本書が挑戦しようとしているのは、民主主義を謳う国や世界において、議員の発言が批判され、時には揶揄されるのに比して、だんまりを決め込んだり沈黙ばかりでは民主主義は進まないためである。逆に、インタビュアーに囲まれた人たちにとって、その身を守る方法は沈黙である。沈黙に不寛容な社会も未成熟で喧噪的で、居心地がよいとは思えない。

 本書は、政治学、比較政治、国際政治、外交史の立場から沈黙の理論と事例にアプローチする。一般に学者は、議事録、発言録、回顧録に始まり、オーラル・ヒストリーやインタビュー手法にいたるまで、発話された言語を重視する。同時に、一次史料や二次資料をふまえ、文字情報を大切にする。しかし沈黙ほど、それらの方法の届かない状況はない。沈黙は、時に無視され、なかったことにされ、否定される。それでもわたしたちの日常生活から政治世界、国際政治にいたるまで沈黙が確認されるのは、発話と同じように沈黙も主体の感情や考えを示す手段であることの証左に他ならないためである。その感情や考えを他者がどれほどくみ取れるのか。それを他者に任せるのが沈黙である。

 本書では、沈黙の先行研究をふまえ、第一章で沈黙の定義と分類を行う。沈黙には個人の沈黙だけでなく、集合的な沈黙も含めるべきである。沈黙は、国内の政策過程において、政策決定者にとっては不都合なときに、政治参加をする側からすれば脱力的なときにおこりやすい。政治的疎外や投票棄権行動、特定理念への合意を政治的沈黙と解し、ドイツの民主政治を沈黙の政治の観点から分析するのが第二章である。続いて第三章では、日本の選挙参加を事例に沈黙の表出をとらえる。第四章では環境政策の転換後の政策の沈黙に鋭く切り込む。

 言行不一致が多い国際政治では as if game のもとで、不都合な時に沈黙が多用される。第五章では、東西欧州の安全保障の対話の場として始まったCSCEでみられる「暗黙の了解」に接近する。沈黙が外交で現れる場合に、その意味を測る一つの方法は時間である。沈黙の長短に着目して第六章ではモンゴル・日本のEPA交渉を追う。第七章では、対立する国の間にあって難しい対応を迫られた日本の沈黙を1960年代の外交史料をひもといて明らかにする。

 沈黙が方々にある一方で、他方では沈黙を破ること(破黙)や沈黙を奪うこともある。その後、沈黙に戻ることもまた容易である。それが可能なのが民主主義制度の下の社会の特徴である。本書を通じて沈黙への多様なアプローチを紹介できればと願う。

(本書「はしがき」より)

 

沈黙研究会について

「沈黙は金」(イギリス)、「言わずが花」(日本)の諺にあるように、沈黙は高度なスタイルとして洋の東西を問わずにみられる。しかし民主主義と外交の情報公開を求める立場からは沈黙には否定的になる。沈黙研究会は、政治学、比較政治、国際関係論、外交史等の研究者から構成され、沈黙という難しいテーマに挑戦するべく、実務家や異分野の研究者との交流を深めながら、このテーマの研究を行っている。

 

 

(目次)

はしがき

略語一覧

 

第一部 沈黙は民主主義的か?

❶ 沈黙を政治学的に考える意義と方法(宮𦚰昇)

はじめに

第一節 沈黙の定義

第二節 先行研究

⑴ 先行研究

a マクロレベル

b ミクロレベル

c マクロとミクロの架橋

⑵ 民主主義論と沈黙という問題設定

第三節 沈黙を理解する方法論

⑴ 沈黙の意味

⑵ 沈黙と民主主義論

⑶ 非争点化と沈黙

結びにかえて

❷ ドイツにおける沈黙の政治の諸相(中川洋一)

第一節 問題提起

第二節 沈黙をめぐる理論と分析視座

⑴ 審美性政治としての沈黙の政治

⑵ 沈黙と政治的疎外

⑶ 分析視座

a 政治(不)参加の類型

b「静かなる多数派」と「沈黙の螺旋」

第三節 沈黙の政治の事例分析

⑴ 見えない市民の輪郭

⑵ ドイツのエネルギー転換政策をめぐる沈黙

a 脱原発理念の確立

b AfDという禁忌破壊者

c  理念の融解

❸ 与党優位の状況と投票参加―サーベイ実験による検証(清水直樹)

第一節 日本の低い投票率と与党優位の状況の関係

第二節 オンライン・サーベイ実験のデザイン

第三節 実験結果

第四節 実験結果のまとめ

❹ 気候エネルギー政策過程における沈黙の考察(横田匡紀)

第一節 問題の所在

第二節 気候エネルギー政策の沿革

第三節 岸田政権での展開

第四節 石破政権における展開

第五節 気候エネルギー政策過程における沈黙

第六節 消極的沈黙?

 

第二部 外交上の沈黙

❺ 「沈黙」下での相互共通認識と外交交渉―CSCEにおける「暗黙の了解」(玉井雅隆)

はじめに

第一節 国際関係における「暗黙の了解」

⑴ 「暗黙の了解」と「共通認識」の存在

⑵ 国際関係における「暗黙の了解」の存在の一般条件

第二節 CSCEプロセスにおける「暗黙の了解」―安全保障対話としてのCSCE

⑴ 参加国問題と「暗黙の了解」

⑵ 地中海問題と「暗黙の了解」

第三節 沈黙下での相互共通認識と外交交渉―「暗黙の了解」の存在とその終了

おわりに

❻ 日本・モンゴルEPA交渉におけるモンゴル側の対応と沈黙(ガンゾリグ・ゾルザヤ)

第一節 問題の提示

第二節 モンゴルにおける通商行政と政策環境

⑴ 経済構造と「第三の隣国」戦略

⑵ 日本のODAと外交的信頼関係

⑶ 通商政策形成の構造的制約

第三節 交渉過程の展開と沈黙の機能

⑴ 交渉経緯及び概要

⑵ 交渉の進展と争点

⑶ 沈黙の機能と結果

第四節 日本・モンゴルEPA交渉における沈黙の意味

❼ カレル・ドールマン事件における日本の沈黙と慎慮(ディニ・アフィアタンティ)

第一節 問題の提示

第二節 オランダとインドネシアの間で板挟みとなった日本の対応

⑴ オランダとインドネシアの間での均衡―沈黙と慎慮による日本の外交対応

⑵ オランダおよびインドネシアとの関係における日本の沈黙と慎慮の戦術の理解

第三節 沈黙の国内的側面―タンカー「メイドレヒト号」事件と日本の国内情報戦術

⑴ メイドレヒト号燃料供給問題、国会内の緊張、及び外務省の国内向け情報戦術

⑵ 国内領域における沈黙の解釈―西イリアン危機期の外務省の政治コミュニケーション

第四節 カレル・ドールマン事件における日本独自の静かな外交

 

あとがき

 

 

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本日、新刊『生物多様性を探る』(下巻)を発行いたしました。実は下巻の原稿は著者が入院中に完成したのです。完成前に脳梗塞を発症され、左半身が効かなくなって入院されていたからです。パソコンを院内に持ち込まれ、校正用紙(ゲラ)等は著者の奥様が病院に届けてくださいました。難産の末に生まれた下巻だけに、担当編集者である私としても、生涯忘れることの出来ない作品になりました。是非とも、より多くの方々に読んで頂きたいです。

 

 

 

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本文の一部をご紹介させて頂きます。

「今すぐには役に立たない研究だが、数十年の時を経ると役に立つ、といって空威張りしていても、自己満足になるだけで、地球上に今生きている80億の人々にとっては、呪文がひとつ積み重ねられているようなものである。すぐに役立つわけでもないそのような作業を堅実に積み上げながら、私の頭の中では、もうひとつの想念が広がっていた。現地調査とハーバリウムでの作業を重ねて植物相の調査研究を推進していた私だったが、生物多様性の専門家という立場から、直面する環境問題への対応も求められ、その面からの問題の整理も迫られていた。実際、私が生物多様性の重要性について問題提起を始めた1970年代の終わり頃には、分類学が過去の遺物だといわれていたように、研究対象としての生物の種多様性を意識

することは、学界の主流に沿うものではなかった。

 科学のある領域の専門家というのは、その領域で新しい知見を開拓する人であるが、新しい知見を開拓するためには、その領域で何が解明されており、何がわかっていないかを正確に理解していることが最低限の条件である。言い換えれば、専門家というのは、当該領域で何がわかっていないかを一番よく、正確に知っている人である。知っていないで、有益な提案をするというのはあまり科学的なこととはいえない。わからないことを正確に認識しているからこそ、それをわからせる研究ができるのであり、わからせたことについて論文が書けるのである。

 そんなことを整理しながら、その上で、生物多様性の専門家として、何が提起できるのかを考えていた。そのためには、わかっていないことはともかく、少しだけ科学が解明している事実を基盤にして、今私たちが未来に向けて何を考え、行動すべきかの指針をまとめる必要がある。そのために、生物の種多様性の研究に関わっている者が、現実に解明した事実に基づいて、何を統合的に理解し、そこから何が提起できるかを示す必要がある。そう考えて、現に解明されていることから見えてくる生物多様性の実像を追おうとし、その結果まとめたのが、細胞や多細胞の個体より上の階級で、より完全な生き方を示す「生命系を単位とする生」という視点である。」

(本文「生命系を考える」より)

本日、新刊『生物多様性を探る』(上巻)<ヌース教養双書>を発行いたしました。

 

 

【内容紹介】

 難しい専門書ではなく、研究者として大成された偉人伝(自伝)的側面があり、生物学や植物学に限らずあらゆる研究者の生き方の指針になるような内容です。「シダ植物に関心をもつ」の章に紹介された幼少期から大学入学・大学紛争のころまでのお話は特に面白く、まるで大河ドラマでも観ているような楽しさが味わえます。一般の方々にも、是非とも読んでいただきたい書籍です。

 

「米寿を過ぎてから、2冊の英文書を刊行した。ひとつは修士論文以来深く関わってきたコケシノブ科の、マレーシア植物誌のためのモノグラフ(生物の種属誌で、特定の分類群の全種を網羅し、記載した総説論文)(Iwatsuki & Ebihara, 2023)、もうひとつは1999年に刊行した『生命系』を叩き台にして、新しく英文版に発展させた ”Spherophylon” (Iwatsuki,2023) である。

 コケシノブの方は、生物多様性の基礎情報構築の一端を担うもので、この専門書を今すぐ理解して読んでくれる人は、地球に現在生きている80億を超える人のうち、ほんの一握りの人々に過ぎないのだろうが、他方、100年後にも参考にしてくれる研究者がいると期待される不動の基礎資料を盛ったものである。現に、このモノグラフの先行研究は、私が敬愛するEdwin B.Copeland 博士が1930年代に発表したアジア、オセアニアのコケシノブの論文群である(Copeland, 1933, 1937, 1938)。それに対して、”Spherophylon” は、生命とは何か、自然と人間の関係性とは何かを考えようという提言で、日本的概念を地球規模に展開したいという、世界中の一般の人に読んでもらいたい書である。広く、多くの人に読んでもらうためにどうしたらいいのか、これからなんらかの行動が必要かもしれない。同じ時期に、このように一見異なった課題についての2冊の英文書を並行して刊行するに至った経緯について、それこそが私の望ましいと考える研究者の生き方の実践であると説明しようというのが本書の目的である。

 コケシノブ科のモノグラフに至る、私の研究者としての生き方の紹介はそれ自体ひとつのまとまった話題となる。一方、生物の種多様性の研究を通じて生命系の概念を構築し、それが伝統的な日本人の自然観につながるものであることを知った。さらに、その概念が自然と人間の共生を生み出している実態を、地球人すべてが共有すべきだと訴える必要性を、”Spherophylon” の刊行で実現しようと試みた。この2面を統合しようとしたこの著作は大きく2つの部分で構成される。並行して進められたこの2つの試みは、自然と人間の共生を演ずる生き方の表裏をなすものであり、両面があってはじめてひとつの意味を実現するが、筋書きとしては異なった側面もあるので、便宜上、ここでは上下に分冊して刊行してもらうことにした。書籍としては、2冊に整理するのがわかりやすい取り扱いであるが、内容は両者を統合することでひとつの意味をもつことに意味がある。ひとつの書籍を上下巻2冊として刊行する意味はそこにあり、可能な限り両者に目を通していただくことを期待する。」(本文「はじめに」より)

 

【著者略歴】

岩槻邦男(いわつき・くにお)

1934 年、兵庫県生まれ。京都大学理学部植物学科卒業。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。京都大学教授、東京大学教授、立教大学教授、放送大学教授等を経て、東京大学名誉教授、兵庫県立人と自然の博物館長、同名誉館長。東京大学理学部附属植物園長、(社)日本植物学会会長、(社)日本植物園協会会長、日本植物分類学会会長、国際植物園連合会長などを歴任した後、(社)日本植物園協会顧問などを務める。2007年文化功労者。2009年瑞宝重光章。2016 年第 24 回コスモス国際賞。著書『多様性の生物学』(岩波書店)、『シダ植物の自然史』(東京大学出版会)、『文明が育てた植物たち』(東京大学出版会)、『生命系』(岩波書店)、『日本の植物園』(東京大学出版会)、『生物多様性を生きる』(ヌース出版)、『桜がなくなる日 生物の絶滅と多様性を考える』(平凡社新書)、『新・植物とつきあう本』(研成社)、『ナチュラルヒストリー』(東京大学出版会)他。

 

 

【目次】

はじめに

コケシノブで究めること -- シダの研究とは

シダ植物に関心をもつ

 シダを意識するまで

 シダの同定を始める

 柏原高等学校生物班で

 シダを愛でる人たちとの邂逅

 研究対象としてのシダ植物

シダと生物の種多様性

 屋久島と奄美群島

 コケシノブの修士論文

 ヒメシダ科の学位論文

 ヒメシダ科追記

 修士論文以後のコケシノブ

シダの研究で何をし、何を学んだか

 シダを識ってよかった

 シダ研究の成果とその意義

 シダの研究から展開する考え

 趣味と生業 -- 文化としての科学

索引

下巻目次

 

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