少しバテて、大暴走。
昨夜、暑さに眠れずに深夜テレビを見る。日英同盟から日露戦争、米国との開戦より敗戦。
アメリカのレーダーを制作する工場や大学の研究室、その風景スナップを紹介しています。明るく清潔な製造ライン、女子研究員や助手を加えた先端の研究チーム。その姿に、日本やドイツと戦争をしながら米国が開明に真実を追う思想とは何かを考えました。アメリカ人だからでしょうか。
「人々の自立尊重」を、世界で初めて導入した国家がアメリカ合衆国ではないのか、と思うんです。それが当時、日本が戦った相手でした。うがった方々は、私に「でも、それはアメリカが戦後の日本人を洗脳するためのプロパ写真ですよ、駄目です、自虐史観を信じちゃ…」と言うでしょうか。それは天の邪鬼な台詞だと思います。
戦後日本の昭和三十年代大学工学部や各企業の製造ラインの既視風景は、戦争中だったアメリカの先端企業風景と同じであった事、戦後の平和によって初めて私たち日本人が得た財産とは、誰にでも理解できる開明な社会と哲学思想だった。そこから享受した産物は負であるより、大きな宝を手にしたと私は思います。
戦後の気概
写メはフジカ35SEです。
私が懸命に修理した、お宝カメラ的な存在なんです。メカマニア的にも一番面白い機構を持った製品なのに、文章で説明すると、このカメラの面白さは伝わりにくい。
設計者が、撮影者に機械の謎解きを求めている、「このクランクはねギアが二つ縦に交差して…君、そこのノブは実は距離計なんだよ…」 と。
「民間企業の技術を、戦争に負けたからって馬鹿にしてはいけないよ…。」
フジカ、ヤシカ、コニカは駄作メーカーだ、なんて言った人々も当時は多かったはず。
その言葉を甘んじて受けながら、今日まで工業製品を作り上げた各設計者の心意気。その創始のカメラだと思います。
日本人が使う物は、日本人が作る。別に国粋主義ではないけど、そんな気概が現在の日本企業に微量でも欲しいと思ったりします。
私が懸命に修理した、お宝カメラ的な存在なんです。メカマニア的にも一番面白い機構を持った製品なのに、文章で説明すると、このカメラの面白さは伝わりにくい。
設計者が、撮影者に機械の謎解きを求めている、「このクランクはねギアが二つ縦に交差して…君、そこのノブは実は距離計なんだよ…」 と。
「民間企業の技術を、戦争に負けたからって馬鹿にしてはいけないよ…。」
フジカ、ヤシカ、コニカは駄作メーカーだ、なんて言った人々も当時は多かったはず。
その言葉を甘んじて受けながら、今日まで工業製品を作り上げた各設計者の心意気。その創始のカメラだと思います。
日本人が使う物は、日本人が作る。別に国粋主義ではないけど、そんな気概が現在の日本企業に微量でも欲しいと思ったりします。


