一滴、一句。
分酒—白酒(パイチュウ)コウリャンから作るそうです。
予定の仕事が終わり、地方の某所で久しぶりにテレビ鑑賞。
再放送の『坂の上の雲』…秋山好古が戦地で酒壷を一気飲みシーン。
ん、紹興酒…と一瞬思いましたが、先日に新宿で味わったパイチュウを思い出しました。
中国は東北地域で飲まれる酒ですから、おそらくは秋山大尉が旅順戦線で喉に流し込んだ酒は、この分酒でしょう。新宿で私が飲んだのは度数65度でしたが…胃の中が(燃え上がる)感覚でした。
弾丸が飛び交う最中に酒を悠然と飲む…それは、かの上杉謙信の伝説などにも似た話はあります。
このシーンは作者司馬遼太郎の演出なのか、あるいは実話であるのか。
実話ならば、何かの発想を得た秋山好古が、未経験な兵士達に向けた演技かも知れません。
この秋山兄弟、なかなかの文学的趣向を人生において幾多発揮しています。
私は、ここに明治時代のリアリズムを感じます。
その明治リアリズムの旗手が、秋山兄弟の友人である正岡子規ですから、当然の帰結なんですが…言い換えれば『政治は民衆を扱うとすれば文学は人間を扱う…』坂口安吾(萼堂小論より)…つまり、政治は、文学と同様にリアルな人間の示唆を必携とするのが至上である事だ…。
坂口と同様の主張が、司馬の書いた小説『坂の上の雲』の主題であったように私は思います。
しかし、この作品に対する読者評価は、作者の意図した視点と離れた位置に下されているようですね。
秋山兄弟に、正岡子規を配した関係性を無視しては、明治のリアリズムというもの…単に文脈というよりも、彼らの伝えたかった明確な言語表現世界を理解したとは言えないでしょう。
打てば響く
ブログネタ:最近調子はどうですか? 参加中『調子はどうだい…?』
私は、たいした返事を期待していない相手に使う言葉に聞こえる。
…別に、特に興味ないけど挨拶代わりに…。
問題は、これに対する答え方だ。
『うん、最近、結構ツいているよ…』少しワザとらしいけど、相手に弱みを見せたくない時、自分をネガティブにしたくない気分の時に、たまに私は使う。
一日の仕事が終わって、無事に家に帰れたら一番の幸せなのだ。
それを『私は、ツいている』と思って良いはずだ。
私の祖母は、明治生まれの聡明な女性だった。
祖母は、常に『私は運が良い、ツいているから…』と口癖にしていた。
たぶん、今に思えば、私と同じ理由だったと思う。
だから、相手に曖昧な返事を求めるくらいなら、こちらも黙って笑顔の会釈で良いと思うのだ。
『ぼちぼち…』と答える、曖昧な関係の文脈には、人同士の『ハレやケ』の存在というものを微塵も感じない。
人への言葉を口にするって、互いのために無駄に使ってはならないものなのだ。

