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今年よ、さようなら

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今年も終わる。
いつになく忙しい年だった、としみじみと振り返る…。

そう思いながら、掃除をしたり、家族と一緒にのんびりと過ごしている人は多いだろう。

『今年は、どんな年だった?』

…普通に終わったよ。
『嬉しい出来事は?』

…別に。仕事が貰えて、それを失敗した事かな。

『失敗が嬉しいの?』

…依頼された時はとても嬉しかったさ…。

『では、悲しい事は』

…周りから人が去っていった事。

『亡くなったの?』

…亡くなった人もいるし、ただ去っていった人もいる。

『来年は…?』

こちらは変わりたくないけど、何もかもが変わってしまうかも知れないね。

仕事も体も、手一杯だし…もう忙しいのは、お盆と正月だけで良いかな。
あとは寝ていたい。


これは正直な気持ち。

でも、周囲とは無関係。

平穏無事に来年も過ごせる日々を、人は心から願っているはずだ。

恋慕という姿

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能の構成で代表的な夢幻能は現世に幽霊や魂魄が現れて、ワキ僧などに生前の思いを語ります。

ところが、能『楊貴妃』は現世の道士が(一種の超能力者…ハリー何とか、と同じ能力)冥界に行く、という現在進行形の不思議な演出なんですね。
あの世を往来する道
士は、いわばゲゲゲの鬼太郎的存在。

私が、この能を面白いと感じるのは、最後に彼女が道士にひざまづき見送る姿です。なぜ、彼女は道士に最敬礼したのか。
そのあたりに、能の特有の『艶』を感じます。言葉や型ではない、体感的な美しさ…現実でも『恋慕』というものは、この能みたいに表現した方が成功するのだ…と撮影後に思いました。

能『楊貴妃』

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先日の鈴木啓吾師、楊貴妃の写真。

何しろ平坦に進行する大きな山場のない能なので、どこから撮影しても写真にはなりにくい。
おそらくワキとの一瞬に見せるドラマが鍵なんでしょう。
そこに、冥界に映ろう彼女の面影を描く叙情詩なのかな。

それでも、些末に型の多い『芭蕉』よりは私は好きな能です。
『芭蕉』は、表現と謡いが意味に当てすぎて下品に見えてしまうので、役者にとっても難しい能だと思います。