竹林院入道左大臣殿、太政大臣に上り給はんに、何の滞りかおはせんなれども、『珍しげなし。一上(いちのかみ)にて止みなん』とて、出家し給ひにけり。洞院左大臣殿(とういんのさだいじんどの)、この事を甘心し給ひて、相国の望みおはせざりけり。
『亢竜の悔あり』とかやいふこと侍るなり。月満ちては欠け、物盛りにしては衰ふ。万の事、先の詰まりたるは、破れに近き道なり。
現代語訳
竹林院入道左大臣の西園寺公衡(さいおんじ・きんひら)は、朝廷で太政大臣に出世しようと思えば何の支障もなかったが、『面白くも無い。左大臣の位でやめておこう』と言って、出家してしまわれた。洞院左大臣の藤原実泰(ふじわらのさねやす)が、この事を聞いていたく感心して、同じように太政大臣への出世の望みを捨ててしまわれた。
『天空まで上りきった竜に悔いあり(上りきった竜はそれ以上は上ることができない)』という格言もございます。満月は後は欠けるだけ、物事は盛りの時期を迎えれば後は衰える。すべての事柄は、行く先が詰まってしまえば、破綻に近づいているという道理でもある。