小学校の音楽室だった。

同級生はメロディオンを鳴らし、私は壁に貼られた肖像画の「ズレ」を凝視していた。
メロディオンを手に取るクラスメイトは躍動するが、肖像画の人は動かない。
同じく人間だが、それが「今」描かれたとして何かが違う。

クラスメイトには意識がある、対してこの肖像画の人は?
肖像画の人の意識…それをいくら想像しようとしても、想像すればするほど「無」であった。
 
無が、肖像画としては存在している。

その違和感にとらわれた日から、
色褪せた肖像画の「ズレ」は徐々に私自身の運命に変わり、死という状態を疑似体験させられる感覚が芽生えた。
 
あれから20年以上の時を経ても、その肖像画が私に与えたものが消える気配はない。