今日初めてフォローされました。
嬉しいという気持ちとどうしてだろうという不思議な気持ちになりました。
その方のブログを読んだ時、しんどさはどんな病気でも人それぞれ変わらないと思わされ、その方は私に寄り添い、投稿したブログを読んでくださったと感じました。とても優しくて広い心で拙い文章で読みにくいであろう私の病気まで受け止めてくださったように思います。とても感謝しております。最近サークルという名のアプリで年下の男の子ですが、友達ができました。小学生の頃から不登校だった私にとっては嬉しい出来事で何もやましい感情もなくただ私の電話の声は癒されるとまで言われて、よく前職の上司から評価された性格が穏やかで、ゆっくり喋るペースで、良い意味でおばあちゃんみたいだとそれがあなたの長所だとおっしゃってくださり、改めて男の子に言われた言葉は本当に私がそういうふうに見られて、きこえているのだろうかといつもは否定し続ける低い自己肯定感が、その時
ありがとうございます。
と恥ずかしながらも云えました。
フォローしてくださった方にも、いいねを押してくださった方々にも、アクセスしてくださった方にも、この投稿からではありますが、
ありがとうございますと書きたいです。
続けるということが、完結させられなかったものが短くも拙くもあるけれど、書きたい事を書けていると感じて、働けない働けたとしても休んで周りの方が補い、迷惑をかけることになってまた自分自身が完全には治っていないと母が言う、うつ状態に重くのしかかるようにまたうつ状態ではなくうつだと診断されることになるだろうと働いて欲しいものたくさんあるから求人には応募してもすぐお断りをさせてもらうことが続いている状態に嫌になっていて体が重く、頭もいっぱいいっぱいでそんな時に通知が鳴り、初めてフォロワーさんになってくださる方が出来て、昨日は書けなかったブログを今は書きたい事伝えたい事をかけました。
私のブログは治ることのないであろう障害と付き合っていくと云う、ある意味覚悟でもあります。
しかし、持病の苛立ちが文章にあらわれていると思います。不快に思われた方はすみません。
10代の頃転々と病院を変え、20歳に近づく頃に障害者という意味を今ではよく理解していたのかわからないけれど、私は病気なんだと安心した事を忘れられないですし、その時私は泣いて笑っていました。
ポジティブにとらえていいのだと思えさせてくれることが増えたということ、素敵な1日になるかもしれないと思わせてくださり、ありがとうございました。