日本は四周を海に囲まれた島国で第一次大戦後にドイツの信託統治になっていたマリアナ諸島、トラック島、パラオ諸島などを信託統治領として手に入れたことから海路とともに空路の開発が必須となったが、当時の日本の土木工事技術は人力に頼る部分が多く効率的ではなかった、(^_^;)😇😅🛳️⚓️🛩️。そこで考えたのが海を滑走路に使えばいいということで水上機の開発を促進して様々な水上機が開発された、(^_^;)😇😅🛳️⚓️🛩️。


太平洋戦争で使用された機体でも95式水偵、94式水偵、零式水偵、零式水観、二式水戦、強風、紫雲、瑞雲、97式大艇、二式大艇などがある、(^_^)/~😇😉🛳️⚓️🛩️。94式水偵は複葉3座の偵察機で安定した性能で太平洋戦争でも使用された、(^_^)/~😇😉🛳️⚓️🛩️。95式水偵は2座の偵察機で極めて運動性が良くて戦闘機の代わりに使われたこともあった、(^_^)/~😇😉🛳️⚓️🛩️。零式水偵は94式水偵の後継機でこの機体も安定した性能で偵察、対潜警戒、夜間攻撃、魚雷艇狩りなど様々な用途に用いられた、(^_^)/~😇😉🛳️⚓️🛩️。


また偵察では敵機に見つかれば撃墜は免れないのに1時間以上も米艦隊に接触を継続して敵情を報告し続けた例もあったそうだ、(^_^)/~😇😉🛳️⚓️🛩️。零式水観は2座の着弾観測機で戦艦同士の砲撃戦で自艦の着弾観測をするものだが、この機体も極めて運動性が良くて戦闘機の代わりに使われたこともあった、(^_^)/~😇😉🛳️⚓️🛩️。中にはP38、P40、グラマンF4FやF6Fを撃墜した機体もあったという、(--〆)🤬😠😈🛳️⚓️🛩️。


二式水戦は零戦にフロートをつけて水上戦闘機としたもので滑走路のない離島で制空任務について活躍したそうだ、(--〆)🤬😠😈🛳️⚓️🛩️。強風はその後継機だが、登場した頃には陸上戦闘機との性能差が大きくなり過ぎて活躍の場はあまりなかったというが、この機体から紫電、紫電改が誕生している、(^_^)/~😇😉🛳️⚓️🛩️。


紫雲は軽巡洋艦大淀に搭載するために開発された高速水偵だが、機体の性能も今一つで用法も時代にそぐわず失敗に終わった高速水偵だった、(ーー゛)🤬😅🛳️⚓️🛩️。瑞雲は2座の水上偵察・爆撃機で戦争末期にレイテや沖縄戦で魚雷艇狩りや輸送船団攻撃に使用されて戦果を挙げている、(--〆)🤬😅🛳️⚓️🛩️。その他にも潜水艦に搭載された小型水上偵察機やイ400系大型潜水艦に搭載された特殊水上攻撃機の晴嵐などもあった、(--〆)🤬😠😈🛳️⚓️🛩️。


97式大艇は4発の大型飛行艇で長距離飛行が可能だったが、防弾装備がないことと武装が貧弱なために哨戒飛行中米軍の爆撃機に多数が撃墜されてたまたま傷つきながら帰還した機体からその事実が判明、防弾装備と武装の強化が行われた、(--〆)🤬😠😈🛳️⚓️🛩️。二式大艇は97式大艇の後継機で長距離飛行性能と防弾装備、武装の整った高性能機だったが、ガソリン漏れが酷くて機内では危なくてタバコ🚬も吸えずまた防水処理が悪くて搭乗員は浸水した海水の汲み出しに忙殺されたというし機体強度などは米軍の同機種に劣っていたという、(--〆)🤬😠😈🛳️⚓️🛩️。


水上機は水面があれば活用可能だが、大型のフロートを装備している分飛行性能は陸上機に劣っていたが、これほど多数の水上機を開発して運用した国は日本の他にはない、(^_^;)😇😅🛳️⚓️🛩️。それはやはり四周を海に囲まれていることに加えて土木工事能力が低かったことが影響しているのだろう、(^_^;)😇😅🛳️⚓️🛩️。


戦後もPS1、US1、US2などの高性能飛行艇を開発しているが、これも過去の遺産を継承しているからだろう、(^_^)/~😇😉🛳️⚓️🛩️。ただUS2は高性能だが生産数が少なく高価で三菱重工、川崎重工などの協力メーカーも撤退したことから今後の調達が危ぶまれているそうだ、(^_^;)😇😅💴💸。最近調達した機体は用途廃止になる機体の一部を利用して生産されたそうだ、(^_^;)😇😅💴💸🛳️⚓️🛩️。