鹿児島県阿久根市沖の海中から太平洋戦争後半に開発された海軍の紫電改局地戦闘機が引き揚げられたそうだ、😇😉(^_^)/~。この機体は海軍343航空隊戦闘407飛行隊の隊長林喜重大尉の乗機でB29を攻撃して1機を撃墜したが、自機も被弾して阿久根沖の海上に不時着した、(--〆)🤬😠😈🛩️。機体には増槽がついたままだったので引潮の海底に着地した際に増槽の抵抗で機体が急減速して林大尉は計器盤に頭部を強打して戦死した、(ーー゛)🤬😠。


引き揚げられた機体はエンジンと前部胴体に両翼が残った状態で翼の20ミリ機銃がきれいに残っている、(ーー゛)🤬😠。今後は1年ほど真水に浸けて塩抜きしてから展示するとか、(^_^)/~😇😉🛩️。


紫電改戦闘機は正式には紫電21型(N1K2-J)と言い原型は川西(現新明和工業)が開発した水上戦闘機強風である、(^_^)/~😇😉🛩️。しかし水上戦闘機では性能向上が著しい陸上あるいは艦上戦闘機に対抗できないことから川西は強風を陸上戦闘機に改修することを計画、海軍の了解を得て強風の改修を行い2000馬力級の誉エンジンを装備した紫電11型を完成させたが、この機体は完成を急いだために強風の構造をそのまま使用したことから胴体が太く前下方視界が悪く、さらに致命的だったのは中翼のために脚が長くなりそれを収納するのに二段引込み式にしたが、油圧式の脚の故障や材質の劣化による折損が多くて誉エンジンの不調と相まってそれが紫電の致命傷となってしまった、(--〆)🤬😠😈。


そこで川西は紫電の胴体を改設計して低翼にした機体を開発した、(^_^)/~😇😉🛩️。これが紫電21型(紫電改)である、(^_^)/~😇😉🛩️。紫電の欠点は解消されて高性能戦闘機に生まれ変わった紫電改だが、誉エンジンの不調でカタログ性能は出なかったし稼働率も低かった、(^_^;)😇😅🛩️。しかし高性能化する米軍機に比べて相対的に性能低下が著しい零戦の後継として海軍は紫電改の生産を急がせて改良型も数多く計画されたが、戦争末期の混乱や資材不足で僅か400機強が生産されたに過ぎなかった、(^_-)-☆😇😉🛩️。


そして紫電改を装備した343航空隊を新設、生存している優秀な搭乗員を配備したが、それでも開戦時のレベルで見れば優秀というほどではなかったそうだ、(^_^;)😇😅🛩️。そして昭和20年3月から敗戦まで沖縄戦で出撃する特攻機の進路啓開や西日本に来襲する米軍機と激戦を繰り広げて米軍機170機を撃墜したという、(--〆)🤬😠😈🛩️。


米軍側の発表では損害ははるかに少なくそれを以って「343航空隊の戦果は誇大戦果だ」という向きもあるが、米軍は被害を極小化して発表しているので米軍発表が正しいわけでもない、(--〆)🤬😠😈🛩️。いずれにしても崩壊に瀕していた当時の海軍の数少ない強力な戦闘機隊であったことは間違いない、(--〆)🤬😠😈🛩️。紫電改の実機は米国に3機、日本に1機が残っている、(^_-)-☆😇😉🛩️。