清掃日の日曜、女土方は先約の予定が入っているので参加はできないと申し訳なさそうに言っていたが、クレヨンと知的美人はこれと言った用事もなさそうなので有無を言わせず参加とすることにした、いつもは町内の参加者が全員集まって全員で掃除をするんだそうだが、今回はこんな状況なので各自が帰宅周辺を清掃して最後に代表者が回ることになったそうだ。ただこの家は無暗にでかいので4人でやっても相当にやりがいがありそうだ。そしていよいよその当日、ぐずる知的美人とクレヨンを叱咤してたたき起こし支度をさせて外に引っ張り出した。外ではお手伝いが道具を用意して待っていた。この辺りはハイソな地域なのでさほど汚れてはいないが、落ち葉が積もったり草が生えたりしてそれなり手を入れるところはあるようだ。時間は2時間もあるのでそう慌ててやることもないが、それぞれ分担を割り振って掃除を始めた。
僕は厚手の作業服に手袋をはめていたが、これが自分の身を救うことになるとはその時は分からなかった。そうして掃除をしていると大ドラ公が芝生に寝転がってこっちを見ていた。
「あんたは暇そうでいいわよね」
僕がそう声をかけると「グエ」とか鳴いた。そうしてしばらく掃除をしていると「キャー」とか言う悲鳴が聞こえてきた。何だろうと思って悲鳴の方向を見ると何か大きな動物が走って来るのが見えた。「でかい犬だな」と思って見ているとどうもグレートデンのようだった。「なんであんなデカい犬が放れているんだろう」と思って見ているとクレヨンと知的美人が逃げてきて家の中に駆け込んだ。その後から犬が来て僕の前で止まった。若いグレートデンの雄だったが、何だか興奮しているようで目が血走って口の角から泡を吹いていた。どうも状況がまずそうなので奥でこっちを見ているクレヨンたちに下がるように手で合図をした。
犬は低い声で唸っている。どうも本当にまずいようだ。手には竹箒を持っているが、こんなもので殴っても大した効果はないだろう。家の中に駆け込んでも門を閉じる前に犬も駆け込んできてしまうだろう。次の手を考えていると大ドラ公がゆっくりと歩いてきて僕と犬公の間に入った。犬公は「グルグル」と唸る。大ドラ公は「シャア」とか威嚇する。大ドラ公、自分の数倍はある大型犬に一歩も引かない。こいつを盾にして逃げようかと思ったが、それでは男が廃る。あ、今は男ではないが、元男が廃る。何かあったら竹箒で張り飛ばしてやろうと箒の柄を持ち替えると大ドラ公と犬公が一気に動いた。
大ドラ公の必殺の猫パンチが入る一瞬前に犬公が大ドラ公の首筋に咬みついて首を振るって振り回していた。それを見て自分の中で何かが切れた。
「このバカ犬が、私の彼に何すんのよ」
僕はそう叫ぶと犬公に箒で殴りかかった。一発目が当たると犬公は驚いたのか大ドラ公を振り飛ばして放すと唸りながら僕に向かってきた。もう一発叩いたが、竹箒では打撃力が足らない。歯をむき出しにして迫ってくる犬公に押されてじりじり下がると犬公の野郎、僕に飛びかかって左腕に咬みついた。ただ着ていた上着が厚手だったので牙は貫通しなかった。犬公は僕を自分の側に引っ張るが、うまく力を加減しながら態勢を整えて腹を蹴り上げて竹箒で顔を思い切り突いてやった。犬公思いがけず反撃を食らって僕を離して後ろに下がったが、その時僕の前にぼろ雑巾の塊のようなものが飛び込んできた。大ドラ公だった。
首から血を流しているが、目をらんらんと輝かせて「シャア」と唸り声をあげた姿は飼い猫などではなく闘争本能をむき出しにした獣だった。でも体格が違い過ぎるしケガもしている。もう一度殴り飛ばしてやろうと思ったところ2匹が動いた。犬公はさっき勝っているので大ドラ公を舐めたのか、一瞬早く放った大ドラ公の猫パンチが犬公の鼻を引き裂いた。そこに僕の竹箒の一撃が犬公の頭にヒットした。犬公は「ギャン」とか鳴くと逃げて行った。
「サン、あんた大丈夫」
僕が駆け寄ると大ドラ公は初めて「ニャア」と鳴いてゆっくり寄ってきた。ぼろ雑巾が破れたのか首から出血していた。僕の左手は厚手の生地が幸いしたのか作業衣が若干破れただけで無事だった。
「あんたたち、何をぼうっとしているのよ。医者に連れて行くから電話しなさいよ」
僕がそう言うとクレヨンが慌てて電話を始めた。日曜で休診だが、連れて来れば診てやると言うのですぐに車で連れて行った。結果から言えば犬公の牙で皮が何か所か切れているが、犬にしても猫にしても首の皮はたるんでいて首そのものを守るようにできているのでケガの程度は軽いんだそうだ。薬をもらって「2、3日したらもう一度診せに来てください」
獣医にそう言われて帰ってきた。犬騒動で町内清掃はうやむやに終わってしまい、戻った時には町内は静かになっていた。
お手伝いが着て「町内会の会長さんがお見舞いに来られました。」と言ってきたが、ケガをしたのは大ドラ公だけなので見舞いと言うのもおかしなものだが、まあこっちも屋敷の主が主なので気を使っているんだろう。大ドラ公はラッパみたいなものを首につけられていやがっていたので外してやった。そうしたらやっと落ち着いたのかゴロゴロ言いながら近づいてきたので抱き上げて背中を撫でてやった。大ドラ公は満足そうに目を細めていた。
「お前、ぐうたらごろごろしていたのにいざとなるとなかなかやるじゃない。少し見直したわ。あんたが好きよ。」
僕は大ドラ公の額に軽く口をつけてやった。猫の額と言うが、確かに猫としては異常にでかい大ドラ公も額は僕の唇よりも小さかった。薄らデカくて汚くて毛が生えたオオサンショウウオのような憎たらしい顔をしたドラ猫が何だかたまらなく愛おしく思えた。大ドラ公も僕にぴったりと体をくっつけて満足そうだった。
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