「佐山さんにはいろいろと面倒をお願いしているうえに今度は猫の面倒まで見てもらえるとか。誠に申し訳ありませんが、ぜひよろしくお願いします。実はあの猫は取引先の会社の社長が飼っている猫で、その社長、僕の古い友人でもあるんですが、その男がずい分大事にしている猫だそうですが、少しばかり事情があって面倒を見られないというので引き受けてもらった次第です。しばらくの間なのでぜひよろしくお願いします。ご迷惑をかけたお詫びとお礼はまた改めて。」
電話が終わって僕はクレヨンを呼んだ。
「あんた、おとうさんに何を言ったの。私があのドラ猫の面倒を見るって言ったの。またいい加減なことを言ったんでしょう。誰なのよ、知り合いの社長って」
僕がそう詰め寄るとクレヨンは金融王の銀行のグループ会社の名前を挙げた。それは日本のトップクラスの機械、プラント製造企業だった。金融王にちょっと頼めば僕もしがない教育出版関係企業から日本トップクラスの会社に鞍替えができそうだ。もっとも様々曰く因縁があって今の会社を抜けることはできそうもないし、その気もないが。それにしても超一流企業の社長が何を好き好んでこんなボロ猫を飼っているんだろうか。「蓼食う虫も好き好き」とはよく言ったものだ。
翌朝、出勤するのに大ドラ猫を見ると箱に入って丸まっていた。
「あんた、留守の間、おとなしくしているのよ。おかしなことをしたら逆さ吊りにして干物にしてやるからね」
猫は爪を研いだり物を引っかいたりして悪さをすると言うので釘を刺したつもりだったが、まあ猫に言って分かればそれこそ大変なことだが、このオオサンショウウオ上目遣いに僕を見て「グエ」と鳴いた。もう少しかわいい声が出せないものか。しかし、この猫がかわいい声で鳴いたらもっと不気味かもしれない。仕事は特に問題もなく終わったので何だかドラ猫が気になって定時で引き揚げて帰宅した。部屋に入るときにちょっと緊張して部屋を緊張したが、特に変化はなかった。しかし毛の生えたオオサンショウウオは僕の枕の上で仰向けになって寝ていた。
「こら、どけ。このバカ猫」
そう言って横っ腹をど突いてやると「グエ」とか鳴いて僕を見上げてそれからゆっくりと自分の箱ベッドに移動した。その際餌を入れる皿の前でこっちを振り返ってまた「グエ」と鳴いた。これは生意気にも「腹が減った。飯を寄こせ」と催促しているんだろう。仕方がないのでキャットフードを出してやって洗面所で水を汲んでやった。しかしこのドラ猫ありがたそうな態度も見せずにがりがりぼりぼりと音を立ててキャットフードを食い始めた。そんなドラ猫の食事風景を見るでもなく眺めていると餌を食い終わったドラ猫はおやじがやるように「グヘ」とかゲップをすると僕の方にのそのそと歩いてきて普段の様子からは想像もできない身軽さで椅子に座っている僕の膝に飛び乗って膝の上で丸くなった。ドラ猫、蹴落としてやろうかと思ったが、気持ちよさそうに目を閉じているドラ猫を見ていると何だか微笑ましくなってそのまま薄汚い大ドラ猫を黙って見ていた。しばらくそのままドラ猫を見ているとドアが開いて知的美人とクレヨンが入ってきた。
「あら、ずいぶんと仲が進んでお熱い関係じゃないの。佐山さんて本当に男の人にもてるからねえ。ちゃんと可愛がってあげるのよ」
知的美人がそんなことを言って茶化した。クレヨンも「うんうん」とか同意している。このドラ猫が勝手に膝に乗ってきただけだろう。大体男を食いまくっていたのはお前だろう。
「男を食っていたのはあんたでしょう。私は食っていないわよ」
僕が知的美人に反論すると知的美人は「じゃあ私がかわいがってあげよう」と言って僕の膝からドラ猫を抱き上げた。
「なんて重いの、この猫、何喰ってこんなにでかくなったのよ」
知的美人はやっとこさっと猫を抱えてベッドに座ると膝の上に乗せた。しかしドラ猫君、知的美人が手を離すとするりと膝から滑り降りて僕の方に歩いてくると僕の膝にぴょんと飛び乗った。
「なんだ、もうすっかりできちゃってるのね。じゃあお邪魔だから着替えてお夕飯食べて来ようっと。」
知的美人はトレーナーに着替えるとさっさと部屋を出て行った。僕も腹が減っているので食事に行こうと大ドラ猫を膝から放り出すと立ち上がった。大ドラ猫は僕の顔を見て非難がましく「グエ」と鳴いた。食堂に降りると知的美人が「あら、彼をもう放り出してきちゃったの」と言いやがった。
「私も何か食べないともたないからね。あんたや大ドラ公に絡みつかれて」
「あら、そんなこと言うけど最近はご無沙汰じゃない。今晩あたりどう。しばらくぶりで」
知的美人が僕の方を流して見た。
「女同士でいやらしい目付きしていやねえ。芳恵は私のものだからね。勝手なことしないでね」
クレヨンがチャチャを入れた。
「あんたたちねえ、私は誰のものでもないし、第一あんたたちのおもちゃじゃないんだからね。勝手なことばかり言うんじゃないよ。いいわね。」
基本、ソフトが男の僕にとってはこんな手合いが何人絡んできても「お客さん、いらっしゃい」なんだけど一言言っておかないとこいつらはきりがないからな。それから今日のメニューのメンチカツ定食を食っていると女土方が入って来た。
「あら、みんな揃って夕飯なの。あのお猫様はどうしたの」
「お猫様は男殺しの佐山芳恵にかかってメロメロになって部屋で寝ているわ。すっかり骨抜きになっちゃって」
「あら、彼女ってそんなにすごいの」
「だって夫があるのに総務の係長を食ってしまうし、営業の若い子はもてあそぶし、社長も骨抜きにするし、ドラ猫一匹なんか朝飯前よねえ」
この女、自分のことは棚に上げて元祖佐山芳恵がやったことだのあのストーカーのバカ営業のことだの、たまたま天候に祟られてやむを得ずに一夜を過ごした社長のことだの持ち出しやがって。
「大昔のことを持ち出して余計なことを言うんじゃないよ。減らず口を叩いていると熨斗つけて父上のところに追い返すわよ」
「おお、怖い。追い返されたら困るから退避しよっと」
知的美人は首をすくめると食器を片付けて部屋に上がって行った。
「あなたもみんなに頼られて大変ね。でもみんなあなたを頼っているんだから頑張ってね。ところであのお猫様はどうなの。少しは慣れてきたの」
「慣れたというのか分からないけどおとなしいことはおとなしいわね。まあでもあの姿なんで存在感はあるけどね。」
「飼っている人には大切なお猫様だからかわいがってあげてね。私は生き物ダメだから直接はできないけどそれ以外ならできることがあれば言ってね。」
女土方はそんなことを言うが、大事なお猫様ならご自分で何とかすればいいだろうに。我々から見れば天文学的な収入もあるんだろうから豪華ペットホテルにでも入れればいいだろう。もっともそうしたところって高い金をとっておきながら結構邪険な扱いをするところも多いと聞くが、・・。
食事が終わって部屋に戻ると大ドラ公は箱に入っておとなしく寝ていた。知的美人はネットでツイッターの検索をしていた。大ドラ猫、僕が部屋に入っていくと箱から起き上がって僕の方に寄ってきた。そして僕がベッドに腰を下ろすとぴょんと膝に飛び乗ってきた。毛の生えたオオサンショウウオのくせに厚かましい奴だ。僕はこのドラ猫を抱え上げて床に投げてやった。大ドラは「グエ」とか鳴いてこっちを恨めしそうに見上げるともう一度膝の上にぴょんと飛び乗った。まあ乗せてやってもいいのだが、癖になると厄介なのでもう一度床に投げてやった。大ドラはまた「グエ」とか一声鳴いて恨めしそうに振り返るとのそのそと自分の箱に戻ってそこに収まった。それからしばらくは僕も知的美人もネット検索などをして時間を過ごしていたが、そのうちに知的美人が「ねえ、‥」とか言って寄ってきた。
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