「あなたの顔に何か悪だくみしていると書いてあるわ」
ほう、顔にそんなことが書いてあるのか。僕は知的美人の方を向いてにやりと笑った。
「ほらね、その顔するときは何か企んでいる時だわ」
別に悪企みではない。きれいにしてやろうと思っているだけだ。
「ねえ、名前はどうするの」
「飼い主が付けた名前があるでしょう」
そう言うとまたクレヨンが下を向いてもじもじし始めた。
「何て名前なの、このドラ猫は。ドラとか言うんじゃないでしょうね。」
「名前、聞いてないの」
クレヨンがまた間の抜けたことを言った。
「持ってきた人が何も言わずにおいて行ったんだって」
それって体のいい置き去り捨て猫じゃないのか。それにしても名前がないと何かと都合が悪い。
「名前はサンよ。」
僕はすかさずそう言ってやった。
「サン、サンね。良い名前じゃない。明るくてかわいらしいわ」
「うん、そうね。明るくてかわいらしいわ。たまにはいい名前を考えるものね」
知的美人も賛同している。でもどうしてサンかと言うと顔が毛の生えたオオサンショウウオのようだから「サン」と言ったのだ。そのまま「オオサンショウウオ」とか「サンショウウオ」では長すぎて不便だ。「サンショ」じゃ薬味のようだし、「ウオ」では猫の餌のようだ。まあ真実を知らなければいい名前で通るだろう。
「この人がそんな明るくてかわいらしい名前なんか付けるわけないでしょう。どうせ裏があるのよ、とんでもない裏が、・・」
最後に女土方がそんなことを言った。
「でもいい名前でしょう。ねえ、サン。こっちいらっしゃい。良いことしてあげるから」
僕がそう言って毛の生えたオオサンショウウオに近づくと生意気にもこのオオサンショウウオ、「グワ」とか鳴きながら後ずさりする。本能的に何かよからぬことが起こりそうだと感じるんだろうか。でもそれは図星で大当たりではある。僕はさっさとトレーナーに着替えるとオオサンショウウオを捕まえて風呂に連れて行った。そこからは人間とオオサンショウウオの水中格闘戦だったが、こっちの体力が敵を圧倒した。ただ引っ掻かれるとまずいので手には洗濯用のゴム手をしてはいたが、・・。油で汚れたウエスのような毛色は変わらないが、それでも少しはさらさらした毛触りにはなった。ふてくされたような顔で部屋の隅に丸くなっているサンを見ながら箱の中に古毛布やタオルを敷いてやって部屋の隅に置いた。そしてその脇にトイレ用の砂入れを置いておいた。
「むやみやたらその辺にしたらキ××マ引っこ抜いて外に叩き出すぞ」
僕がそう言うとクレヨンが「何てお下劣なことを言うのよ」と苦情を申し立てた。
「この人なら本当にやるかもね」
知的美人はそんなことを言った。女土方は黙って様子を見守っていた。当のご本人の大ドラ猫は恨めしそうな顔で見上げながら「グエ」とか鳴いた。こいつは本当にオオサンショウウオではないのか。その晩は何だかんだで床に就いたのだが、夜中に腹の上に何かが乗っているようなおかしな感触で目が覚めたらドラ猫人の腹の上で大の字になって寝ていた。このドラ猫いつの間にと思ったが、大の字になって寝ているその姿が疲れたおっさんのようでかわいそうになってそっと腹の上から除けてやると「ウギャア」とか鳴いて人のベッドで丸くなった。この毛の生えたオオサンショウウオのようなドラ猫も案外寂しい身の上なのかもしれない。
翌朝目を覚ますとドラ猫は箱に収まって丸くなっていた。僕がそばに行って覗き込むと「上目遣いに見上げて「グエ」とか鳴いた。その日は出勤してからネットで猫の飼い方とか検索してワクチンの接種が必要とか言うのでクレヨンに近所の獣医に連絡を取らせて週末に予約を入れさせた。そして早上がりしてクレヨンを連れてホームセンターに行って猫の餌や寝床、トイレ容器にトイレ砂などを買い込んだ。もちろん金はクレヨンに払わせた。
猫用品などずい分とかわいらしいのが多いが、使うやつが毛の生えたオオサンショウウオだから適当なところで妥協しておいた。こうして預けられたんだか捨てられたんだか分からない大ドラ猫の生活は一通り整うことになったことはなったが、いったい誰が面倒見るんだろう。買ってきたキャットフードを器に入れてやるとのそのそと箱から出てきてぼりぼりと食い始めた。このドラ猫、もう少しありがたがって食えばいいのに。そして食い終わるとまた箱に戻って眠り始めた。クレヨンは僕たちの部屋に来ては大ドラ猫にちょっかいを出すが、このオオサンショウウオ、横目でちらっと見る程度でろくに相手にもしない。女土方は「ちゃんと可愛がってあげるのよ」なんて無責任なことを言って自分の部屋に戻ってしまう。知的美人は「あなたになついているみたいだからしっかり受け止めてあげなさいな」などと無責任なことを言う。もう少し見てくれがいいとか愛想でもあればともかく見てくれは毛が生えたオオサンショウウオ、ふてくされたような態度には愛想のかけらもないでは面倒見る気にもならない。そんなことを思いながら大ドラ猫を見るでもなく見ていると金融王から電話だという。何だろうと思って出てみるとこれが何と大ドラ猫のことだった。
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