「でも彼女、銀座のクラブのホステスになってしまったからもうなかなか会えないわよね。残念ね。」

 

知的美人が意地悪そうな笑顔を浮かべてそんなことを言った。

 

「まあね、あの手の場所は苦手だし、面倒くさいからあまり近寄りたくはないけどね。近寄る金もないけど。まああんたたちの父上からせびってむしり取れば不自由はしないだろうけど。」

 

「政治家はダメね。お金なんか右から左、みんな票に変わってしまうからね。懐には何も残らないわ。彼女のお父さんなら取り放題だろうけどね。」

 

知的美人はクレヨンの方を目線で示した。

 

「お金はあるかもしれないけどみんな人のお金だからね。大体、その娘が500万のお金も用意できないんだから分かるでしょ。」

 

『それは金融王の問題ではなくてお前の信用の問題だろう。』

 

僕は心の中でそうへこませておいてから「お酒飲んだりホステスと話をしたりなんて面倒なことはお金をもらってもお断りね。」と言ってやった。

 

「まあそれにしてもこの件は一件落着ね。しかし本当にあんたってろくな話を持ってこないわね。色だの金だのそんなのばかりでそれも自分ではどうにもならなくて他人に振ってきて。」

 

僕がそう言うとクレヨンは「ふん」という顔をした。

 

「そんなこと言うけど高級旅館の料理をバクバク食いまくって普段はさっさと出ちゃうお風呂に美人の裸見たさに『入ろう、入ろう』なんて誘いまくって喜んでいたのはどこの誰だっけ」

 

僕はあまりに図星をつかれて飲み込もうとしていたコーヒーにむせてしまった。

 

「うるさいわね。そんな減らず口が聞けないようにしてやろうか。でもあの子顔も体もきれいだったわね。思い出しちゃったわ」

 

僕がそう言うとクレヨンがつかつかと僕のそばに来て僕に抱きついた。

 

「私はきれいじゃないの。どうなの」

 

僕はクレヨンに図星を突かれた上に不意を突かれてすっかり恐れ入ってしまった。

 

「私が好きって言いなさい」

 

「はい、好きです」

 

「それでよろしい」

 

クレヨンはどうだと言わんばかりに自分の席に戻った。

 

「ここっていったい何なのよ。この異世界は、・・」

 

知的美人がそう文句を言った。

 

「そう言うけどあなただってもうどっぷりはまっているじゃない」

 

「このところテレワークだのなんだので家にいると時間があるからね。つい余計なことを考えたりしたりしてしまうのかも。ステイホームだのなんだのって動けないからね」

 

女土方がそんなことを言った。確かに新型コロナ感染症のパンデミックで世の中が一気に変わってしまった。僕らの仕事で言えば対面やお出かけ型の教材がダメになった代わりにネットやDVD教材などが巣ごもり需要で好調で差し引きではトントンだった。ただ容易に先が見通せない状況に誰もが漠とした苛立ちや焦りを感じていた。そんなときに政治家が訳の分からないことばかりやるのにちょっと腹が立っていた。

 

「最近政治家ってわけの分からないことばかりやるわね。もらってはいけない金をもらったり配ってはいけない金を配ったり、言ってはいけないようなことを公の場で口走ったり、やってはいけないことをやったり、自分のことを棚に上げて他人を罵りまくったり、政治家って物事の道理をどう考えているのかと疑問に思ってしまうようなことばかりやったり言ったりしているわね。いったい何を考えているんでしょうね。まあ国民も何かというと他力本願で金よこせコールだったり一億総批評家だったりするからそれもどうかと思うけどさ。」

 

「お金はね、政治家にとってイコール票なのよ。お金はすべて票につながっているの。だからと言って当然使い方はあくまでも合法であるべきで違法なやり取りは論外だけどね」

 

知的美人がさすがは政治家の娘らしくそんなことを言った。

 

「確かにそうかもしれないけどでも配ってはいけないお金とかもらってはいけないお金とかその辺はおバカじゃないんだから常識で分るでしょう。」

 

「政治家はね、選挙で当選しなければただのおじさん、おばさん、当選してこそ何万、何十万の国民に支持された代議士先生だからね。そのためにはギリギリの線を狙うこともあるんでしょう。」

 

「そうかもしれないけどね、国を動かす人たちがそれでいいのかしらねえ。政治は国と国民のためでしょう。自分の利益や権限のためじゃないでしょう。まず自分が率先して身を粉にしても今とそして未来の国のために頑張ってほしいわよね。正しいことをしっかりやっていれば見ている国民だって分かるんだから支持も集まるでしょう。」

 

知的美人は「ふふん」とせせら笑った。

 

「政治家の姿がきちんと国民に見えればね。それに正しいことも人それぞれでしょう。表と裏が入り組んでいる難しい世界なのよ、政治の世界は、・・。その世界に入ってもそこにはいろいろあってねえ。きれいごとでは済まされない『清濁併せ呑む』と言った度量がないとダメなのよね。まあ違法なことは以ての外だけど国のために正しいことをやると言った一本気ではうまくいかない世界なのよ。のし上がっていくには能力だけではなく党の中で力を持たないといけないでしょう。そのためには派閥を作ってそこに集まる議員たちを食わせて行かないといけないでしょう。いろいろ大変な世界なのよ。でもあなたならその大変な世界で自分を保って生きていけそうな気がする。どう、やってみない」

 

何が政治家だ。冗談じゃない。地盤作りから下積み生活を経てのし上がって行くなどそんな面倒くさいことはまっぴらごめん被る。何とかやってくれないかと頼まれればやってやらないこともないが、自分からそんな世界に飛び込むなんて酔狂なことは真っ平ごめん被りたい。

 

「私は群れたりするのが大嫌いでその上そんな群れの頭に立って群れの面倒を見るなんてとんでもないわ。そんなことよりあんたがその立場なんだからご自分で日本と日本の政治を変えなさいよ。少しくらいなら手を貸してあげるから。」

 

知的美人は「ふふん」とせせら笑ってこの話は終わってしまった。クレヨンが入っただけで僕と女土方の関係はかき乱されているのに知的美人が入ってきて麻縄のごとくにかき乱されてしまった。それでも女土方は自分が僕を叱咤して引っ張り込んだ知的美人のことは何も言わなかった。しかし金融王の家がいくら広いとは言ってもこの屋敷の中では身動きも取れないので僕たちは時間を見計らってたまに外で会って食事をしたりお互いに気が向けばホに潜んで心を通じ合っていた。以前、女土方をホに引っ張り込んだときは女土方もずい分取り乱していたが、今では落ち着いたもので僕に目で合図して自分からさっさと入っていくようになった。そんな時は僕と知的美人の関係をチクチク言うこともあるが、自分だってクレヨンとそれなりのことはしているんだろう。クレヨンも昔は女土方のことを「女が濃くてダメ」とか言っていたが、僕と絡み出してからは女に慣れたのか女土方とも結構楽しく遊んでいるようだ。まあ僕は基本が男なので生理的に受け付けないという以外は「どうぞ、皆さん、いらっしゃい」ではあるので相手が誰であろうと個人的には問題は全くない。

 

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