「じゃあ明かりを落とします。おやすみなさい」

 

僕はそう言うとルームライトの照度を落としてベッドに入った。でもお互いにできるだけ干渉しないようにベッドの一番端っこに体を横たえた。何だかとてもぎこちなく息苦しい思いだった。これが普通の男と女ならどうなるんだろう。しばらくは身じろぎもせずに息をひそめて横になっていた。社長がどんな様子なのか寝息さえ聞こえないので分からなかった。もう寝てしまったんだろうか。

 

それならそれで僕も心安らかに眠りにつけばいいんだけど何だか僕の奥深いところで、理性とかそういうものよりももっと生き物の本能のような部分で、何かスイッチが入ったような気がした。そう、本来女として生まれたこの体が持っている女の本能とでも言うんだろうか。僕にはどうしようもない部分で何かが動き始めたような気がしていた。でもこの状況でスイッチが入ろうが何が動き出そうがどうしようもないのでじっとしているしかなかったので僕は息をひそめてただ身を縮めていた。

 

「佐山さん、・・。」

 

突然社長に呼ばれて飛び上がりそうなくらいびっくりした。反射的に「はい」と返事をして社長の方を向き直ると目の前に社長の顔があった。

 

「なんか超堅苦しくないか。お互いにもう少し自然にならないか」

 

それが何を意味するのか明白すぎるくらい明らかなので僕は気が付かれないようにそっと身構えたが、同時に完全に

 

『準備完了スタンバイOK』になっている自分がいることも分かっていた。

 

『なんでこうなるんだ。おい、この体、今この体を使っている僕の言うことを聞け』

 

僕はそう言いたかった。

 

「僕は男、君は女、いいだろう」

 

社長はそう言うと僕を抱き寄せた。でも男が女を抱き寄せるというよりは子供を抱きかかえるような感じの抱き方だった。僕は次に備えて体を固くして身構えたが、社長は僕を軽く抱えるように抱くと「さあこれでいい。この方が自然だ」と言ってそのまま動かなくなった。

 

これが自然なのかどうか分からないが、僕はいろいろな意味で拍子抜けしてしまった。「これでいいんですか。もしも、もしも私が、これ以上を望んだら・・。みんな私を鉄の女のように言うけど私だって弱いところはたくさんあるんです、・・。」

そう言ったのが僕自身の意思なのか例の本能が言わせたのか僕にも分からなかった。まあ本家の鉄の女と言われたサッチャーさんだってフォークランド紛争の時に島を奪還するために軍隊を派遣するのを相当にためらったそうじゃないか。

 

『軍隊を派遣すれば戦争になって戦死者が出る。そうすれば家族が壊れて悲しむものがたくさん出る。だから派遣はしたくない。』

 

そう言って側近を困らせたそうだが、側近は側近でかなり激しく叱咤激励して決断させたそうだ。まあ今の僕がそんな国家の存亡と言うような重大な問題を抱えているわけじゃないけどそれでもクレヨンやら知的美人やらあれこれ背負い込まされて相当に負担は増しているけどねえ。

 

「今の僕たちの立ち位置だとこれ以上の関係を持つのはさすがにちょっとまずいんじゃないか。僕ももちろんだけど佐山さん、あなたもそうだろう。まあそう自分に言い聞かせながらこれ以上先に進むのをつま先で堪えている状況ではあるけど。だからあまり刺激をしないように。僕も男だからね。まあ僕にとっては大雪がくれた魔法の一夜と言うところかな。」

 

社長は結構さらりと言いのけたが、やはりそれなりに堪えているのかもしれない。まあ僕が社長の立場だったらどうなっているか分からない。

 

「ちょっとごめんなさい」

 

僕は社長の腕を抜けるとトイレに立って本能でスタンバイになっていた部分の処理をして戻ってきた。そしてベッドに入ると社長の腕の中に滑り込んだ。

 

「私、男ですよ。いいんですか」

 

顔を上げて社長を見ると社長はにっこり微笑んで頷いた。

 

「君は本当に男の心を揺さぶるような素敵な女性だよ」

 

社長はそう言って片眼を瞑った。その顔を見たら何だかこっちも体の力も抜けて心地いいようなくすぐったいような不思議な感覚に包まれていった。でも何だか初めての感覚に興奮したというのか緊張したというのか、なかなか寝付けずにただひたすら社長の腕の中でじっとしていた。

 

僕は社長に抱かれながら何だか身動きしてはいけないような緊張感と言うのか金縛りと言うのかとにかく身動きしないでじっとしていた。社長は僕の背中を軽くなでたりしていたが、そのうちに動かなくなった。息遣いもほとんど聞こえないので起きているのか寝ているのか分からなかったが、僕と同じようにじっと動かないでいるのかもしれなかった。しばらくそのままでいたが、何だか同じ姿勢を続けるのに疲れてきた。

 

こんなことをしているならいっそのことやることをやってしまってさっぱりと寝た方が良いような気もしてきた。ただ、そうなった時に自分がどう変わるのかを考えるとさすがにちょっとばかり恐ろしかった。その後ももうしばらくこの状況で我慢していたが、ついに限界にきて「社長」と呼びかけてみた。そうするとほとんどオウム返しのように「どうした」と言う答えが返ってきた。

 

「眠れないんですか」

 

僕がそう聞くと社長は「うーん、この状況ではなかなか素直に眠るのは難しいなあ」と答えてから「腕がつかれた。ちょっと離してもいいか」と言って僕を解放した。お互いにベッドの上であおむけに寝転がって体を動かして固まったようになっている体をほぐした。

 

「社長、大丈夫ですか」

 

僕は同じ男としてちょっと気を使ってみた。この状況は男にとってはかなり辛いんじゃないだろうか。

 

「ああ、何とか、・・」

 

社長は短くそう答えた。

 

「こんなことをしているならいっそのことやることをやってすっきり寝た方が良いのかもしれませんね。」

 

僕がそう言うと社長は「あはは、・・」と笑った。

 

「そういう短気なところは君らしいな。そういうところを見るとこの人、本当に男だったのかなと思ってしまうよ。でもできるのか、特に好きでもない男と、・・」

 

社長は変なことを聞いてきた。その気なんだろうか。

 

「まあ男ですからその辺は割り切ることはできると思います。それに社長のことは嫌いじゃありませんから。でもそうなった時に自分がどうなるのかその点は全く自信がありませんけど。」

 

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