「ねえ、あなたって結婚してたんでしょう。ご主人はどんな人だったの。」

この質問は基本的に間違っている。結婚していたのは元祖佐山芳恵で僕ではない。大体僕は元祖佐山芳恵の旦那を全く知らない。こうなった時には佐山芳恵はもう離婚していて例の馬の骨氏とくっついていたので部屋には写真の1枚も残っていなかった。ああ、部屋を引き払うときに元祖佐山芳恵のものはまとめて処分してしまったのでその中に写真があったかどうかなんて気にもかけなかった。だからそんな旦那のことを聞かれてもただただ狼狽して困ってしまう。

「どんな人って普通の人よ。もう昔のことなんでよく覚えていないわ。」

「ふうん、でも覚えていないと言っても旦那でしょう。何かあるでしょう。」

「普通の人、結婚する前はそこそこ優しかったけど、でも結婚したら仕事一筋であまりかまってくれずにわき目も振らず仕事に生きていたかな。」

僕は適当に旦那像をでっち上げた。全く知らないのだから本当は違うのかもしれない。そんなまじめな旦那がいたのに男を作ったのはお前だろうなんて突っ込まれそうだ。

「へえ、・・」

知的美人は鼻を鳴らすとビールを一口飲み込んだ。

「あなたが好きになる男ってどんな人かと思って、・・。」

そう言ってまた一口ビールを飲んだ。

「ねえ、あなたって今の会社で総務の係長だった人と不倫して離婚したんだって。」

この質問も間違っている。不倫したのは僕じゃなくて元祖佐山芳恵だ。それに元祖佐山芳恵が離婚した原因が何だか僕は本当のことは知らない。

「かまってくれない旦那よりもかまってくれる男がよくなったのかな」

これも超適当な答えではある。元祖佐山芳恵の旦那が仕事人間かどうかも知らないし、元祖佐山芳恵がなぜ馬の骨氏とくっついたのか僕は何も知らない。知りたいとも思わない。基本的に馬の骨氏は悪い奴ではないと思うが僕の感性にはなじまない。

「でもある日突然劇的な大変身をしてその相手の男を放り出してしまったそうね。もっともその人も総務の若い子と二股かけていたらしいけど。その総務の係長さんとか言う人のことを聞くとどうしてもあなたとぴったりはまりそうな人じゃないのよね。ねえ、あなたって男の経験てどのくらいあるの。けっこう百戦錬磨なんでしょう。」

お前なあ、僕に元祖佐山芳恵の男経験なんて聞いても分かるはずがないだろう。関係があったと分かっているのは旦那と馬の骨氏だが、この体が馬の骨氏と交わったのかと思うと相手を知っているだけに怖気をふるってしまう。その時の記憶が残っていないのは不幸中の幸いではある。


まあその後の彼が今どこで何をしているのか分からないが、・・。それ以外にもあったんだろうけどそこまでは僕には全く知る由もないことではある。ああ、そう言えばLGBTGのタクシー会社の社長と見合いをさせられたこともあったっけ。それが僕の全ての男性経験ではある。それから韓国のオネエと近接遭遇したことはある。もちろん、僕が男だった時の話だが、逆に女だったらそれなりに経験はあるが・・。

「話を聞くとその彼氏と別れたころから劇的に変わったそうね。副室長とくっついて身の回りから一切の男っ気を断ってしまうし、お局様と言われて権力をほしいままにしていた社長室長のお尻を引っ叩いてお仕置きするし、あの放蕩澤本を半殺しにして改心させて従わせてしまったというし、ストーカーの営業さんには気合を入れてやったそうだし、盗撮魔のところに乗り込んで大けがしながら相手を取り押さえてしまったというし、何だか男が乗り移ったみたいな戦闘系女子に変身したってみんなそう言っているわ。私もあなたと絡んでみて『これって男のやり方でしょう』ってそう思うわ。話を総合するとそれまでの佐山芳恵って男に甘えるタイプのかわいい女だったって。もちろん男にとってかわいいって意味だけど。それがなんとも男も真っ青な行動派の戦闘系女子になってしまったって。ねえ、あなたって何者なの。何があったの」

『ある日、目が覚めたらこの体になっていたのよ。それまではフリーの翻訳業の中年男だったのよ』

そう言えば以前にジャズバーでそんなことを言って翻訳業のおじさんにいい加減な話ではぐらかすなと怒られたことがあったな。おまけに信じてやるといったバーのマスターには触りまくられるし。だからそんな話をしてもややこしくなるばかりだろうから「そんなこともあったわねえ。もう昔のことは忘れたわ。人生に開眼して悟りを開いたのかもねえ」とか言ってごまかしておいた。悟りを開くというよりも戦闘神でも乗り移ったというべきだろうか。しかし、この女、どこでそんな話を仕入れてきたんだ。恐るべしではある。

「解離性同一性障害とかね。でもそういうのとも違うみたいね。まあいいわ。ねえあなたってどんな男の人が好みなの。タイプは、・・。最近は女とばかり交わっているようだけどあなたは生まれつきのビアンじゃないんでしょう。」

恋愛の対象とかその手の話で男の好みなんかあるわけないだろう。こっちが男なんだから。女の好みならいくらでもあるけど。

「そうね、まず頭のいい人、目が合ったら背筋が青く凍りつきそうなくらい頭のいい人がいいわ。それからさらっとしてべたべたしない人、でも必要な優しさはきちんと与えてくれる人、そして意志が強くて自分のスタイルをしっかり持っている人、そして大切なもののためには命をかけることも厭わない人、それから他人の生き方に必要以上に干渉しない人、・・とそんなところかな。」

「そんな人っているの、この世に」

知的美人が笑った。

「背筋が青く凍りつきそうなくらい頭のいい人ってどういう人よ。」

「いるかいないか分からないけどどこかにいるかもしれない。でもそういう人って神に近い人、そう天才っていう人種かもね。」

僕がそう言うと知的美人は「あんたって本当によく分からない人ね」と言ってビールをぐっと飲み込んだ。好きな男のタイプと言っても人として好きと言うことで異性として好きなのとは話が違う。知的美人に言ったのは僕としては多分織田信長を意識しているんだろうと思うが、それでも男を受け入れるというのはまた別の話になるだろう。

どうしてもというなら男の自分なら何とかなるかなとは思うが、それもあり得ないだろう。まあもう年も年、おばさん真っ盛りなんでそんな色恋事もないだろうし、仮にあっても間に合っていますの世界ではある。そしたら知的美人がとんでもないことを言い始めた。

「あなたが男に抱かれているところを見てみたい。ねえ、あなた、AVに出てみない。けっこう熟女タイプって需要があるのよね。あなただったら文句なしにOKと思うけど。紹介しようか、プロダクション。」

突然とんでもないことを言われてベッドの上でひっくり返ってしまった。大体、男に抱かれるような事態に至ったらそれはもう存在の危機と言うことになるので万難を排してもそのような蛮行は排除しなければならない。当然武力行使もそのうちに含まれることになる。

なんでそんなに驚いているの。あなただってずいぶん経験してきたんでしょう。よかったことだってあるんじゃないの、男に抱かれて。思い出してみれば。」

その手の記憶は元祖佐山芳恵とともに僕の記憶からは消え去っているので何と言われてもその手の記憶が甦ることはない。でももしも今元祖佐山芳恵が戻ったらその状況の圧倒的な変化に気が狂ってしまうかもしれない。同様にもしも僕が男に抱かれるような状況に立ち至ったら逆上して何をしでかすか分からない。そんなことは考えるだけでもおぞましい。全く知的美人も何を言い出すか分かったものではない。

「あんたねえ、あんたのことでこれだけ大騒ぎになっているのにまだ懲りずにそんなことを言っているの。そんなことを言っているとここから放り出すわよ。それはねえ、私も昔はいろいろあったわよ。でもね、もう男なんかたくさん、私はね、これでいいのよ。変なこと言わないでよね、まったく、・・。」

「結婚もして、不倫もしてきた女がどうして男の話になるとそう取り乱すの。それ以前だっていろいろあったそうじゃない。男から見れば放っておけないかわいい女だったそうじゃない。それがどうしてそんな最強戦闘系女子になったの。でもね、そういう強い女が男に抱かれてメロメロになるところを見てみたいの。あなただって女でしょう。そう言う弱いところはあるはずよ。」

僕は知的美人の言うことを聞いていてだんだん腹が立ってきた。『男が男に抱かれてメロメロになるはずがないだろう。いい加減にしておけよ』と思っていたところに女土方とクレヨンが入ってきた。

「あら、ずいぶんと真剣な顔で何か議論でもしていたの」

女土方は僕を見るとちょっと首をかしげながらそう言った。顔つきが険しかったのかもしれない。

「佐山さんが男に抱かれてメロメロになるところを見てみたいって言ってたの。彼女も昔はいろいろあったんでしょう。こういう超強気の最強戦闘系女子が男に抱かれたらどうなるか興味があるの。伊藤さんはどう思う、そういうのって興味がないの」

知的美人が変なことを言うので「こいつ、AVに出たらなんていうのよ」と付け足してやった。そしたら女土方とクレヨンはいきなり吹き出しやがった。

「それは無理ね。だってこの人、中身は男だから。あなた、一緒にいて分からないの」

女土方がいとも簡単にそう言った。そしてクレヨンがそれに続いた。

「この人はね、戦闘系の遺伝子しか持ち合わせていないの。女の喜びとか感性とかそんなものは欠片もないの。ねえ、あなただってずいぶん経験あるんでしょう。ビアンじゃないのにどうしてこの人は平気なの。あなた自身、この人を男と認めているからでしょう。私もビアンじゃないけどこの人なら平気、だってこの人、男だから。なぜって聞かれても分からないわ。最先端科学を総動員しても分からないと思う。でも、この人ってハードは女だけどそれを制御するソフトは全く男なのよ。分かる、・・。」

クレヨンはそう言うと僕に抱きついてきた。このバカもたまにはまともなことを言うものだ。愛い奴じゃと抱き締めてやった。まあクレヨンの言う通りハードが女でもソフトが男だと体が受けた刺激の処理が異なるんだろう。

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