「じゃあ、早く仕事を片付けましょう」
僕はそう言うと残りの仕事をやっつけにかかった。仕事を片付けた僕たちは会社を出たが、どこに行くかと言うとこれと言ったところも浮かばなかった。そうしたらクレヨンが、「何時ものあのお店は、・・。」と言い出した。要するに女土方の行きつけでその後何かあると世話になっていたビアンバーだった。
「大丈夫かな、この面子で、・・。」
僕がそう言うと女土方が「ちょっと聞いてみるわ」と言って携帯で電話して何だかしゃべっていたが、電話を切ると「どうぞ、おいでくださいって」と言った。知的美人は七高訳が分からないという顔をしていたので僕が、「これから行くところってビアンバーだけどそこで良い。」と聞いてみた。知的美人は「えっ、・・」と言う顔をしたが、すぐに笑顔になって「面白そうね」と受け入れた。
ことが決まれば後はもう行くだけなのでタクシーを止めてビアンバーに向かった。タクシーを降りて店の前に立つと「覚悟は良いわね」と知的美人に確認してやった。彼女は至って冷静で「皆さん、それぞれ百戦錬磨でしょう」と笑顔で答えた。言われてみれば確かにその通りだった。その時突然ドアが開いてママが顔を出した。
「何してるのよ。早くお入りなさいな。」
いきなり顔を出したままに驚きながら僕たちは「お久しぶりです」とか何とかご挨拶申し上げた。4人ではカウンターと言うわけにもいかないのでカウンターに近いところにテーブルが設えてあった。
「あなたたち、だんだん大所帯になっていくわね。」
ママが我々を順に見渡しながらそんなことを言った。
「
いえ、この人は違うの。この人はビアンじゃなくて男食いの方、・・。でもこの先どうなるか分からないけどね。」
僕がそう言うとママはにやりと笑った。
「あなたがそうさせるんじゃないの」
そうしたら知的美人が「そう、この人のせいでこっちの世界に引っ張り込まれそうなの。」とこれまで聞いたことがないようなジョークを言った。
「やっぱりね。まあ細かい話はゆっくり聞かせてもらうわ。そうだ、今日は久しぶりだから貸し切りにしちゃおうかな」
ママはとんでもないことを言い出したが、僕らがあきれていると髪とサインペンを持ってきて『本日貸し切り、ただし、セルフサービスでよければどうぞ』とさらさら書くと入り口に張り出してしまった。
「さて皆さん好きなものを言って。幸はワイン、芳恵はビールよね。クレヨンちゃんは何が良いの。それから初顔のあなたは、・・。」
クレヨンは女土方と一緒にスパークリングワインを、そして知的美人は僕と同じくビールを頼んだ。飲み物が揃うとママは自分の飲み物を持って僕の隣に腰を下ろした。
「相変わらず男の匂いが取れない人ね。でも本当に久しぶり、みんな元気そうで安心したわ。じゃあ乾杯ね。」
ママはそう言うとちょっとグラスを上げて中の液体を一口飲んだ。知的美人はママの顔と僕の顔を見比べてクスッと笑った。
『あなたは誰にも男の匂いを振りまいているのね』
そう言いたそうな顔つきだった。
「で、そちらの方は新しく会社に入った方なの。」
ママがそう聞くので僕は本当のことを言ってやった。
「この人はさる大物政治家さんのお嬢さんで今はちょっと吹けば飛ぶようなうちの会社で武者修行中なの。」
「へえ、そうなんだ。あなたのところっていろんな人が集まってくるのねえ。でもここではそういうことは抜きよ。楽しくやりましょう。ねえ、ところで幸とはうまく行っているんでしょうね。」
ママは僕と女土方の顔を交互に見まわした。
「大丈夫、うまく行っているわ。でも今はちょっと事情があって彼女に貸してあげているの。だから今の私の相手はこっちよ」
女土方はクレヨンの肩を抱いた。うーん、なんだかものすごい複雑怪奇な関係のようだが、要するにみんな僕の女と言うことだ。そうしたらママが、「じゃあ私もちょっとお借りしてもいいかな」と言うと女土方はいとも簡単に「いいわよ。ご自由に」と言った。
そうしたらママはいきなり僕を抱きしめてキスをしてきた。その上に胸を強くつかまれた。そう言えばずっと以前にそんなことがあったなあ。しばらく抱きしめられていた僕は解放されるとゼイゼイしてしまった。ちょっとこの展開は予想していなかった。
「あなたって相変わらずいい女ね。あ、男かな。それに幸もずい分さばけてきたわね。」
「そう、そうしないとこの世界で生きていけないからね。芳恵はみんなの宝物かな。」
そんな騒ぎの中でクレヨンだけが目を皿のように見張って沈黙していた。
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