僕と知的美人の最初の一夜はまあ何とか無事に明けた。何があったのかは個人的なことなので詳細は避けるが、まあ、それなりでちょっと瞼が重いかもというところだろうか。起きて食堂に降りるともう女土方とサルは食事を済ませて出かけたそうで何だか避けられているような気がした。


僕は食事を取ったが、知的美人はコーヒーを飲んだだけで引っ込んでしまった。あの女、ろくにものを食っていないがどうしてあのボディを維持できるんだ。おっと、よけいなことか。そして僕たちは公共交通機関で会社に出社した。こんな面倒なことをしているんだからあの慇懃秘書に電話して車を回せくらい言ってやろうか。


会社に出社すると女土方とサルが僕たちに向かって「おはよう」とか、変に軽い、でもよそよそしい調子で声をかけてきた。知的美人はちょっと会釈をした程度で自分の席に腰を下ろすと仕事の支度を始めた。僕は女土方のところに行くと腕をつかんで部屋の外に引っ張り出した。そしてそのまま更衣室まで引きずって行った。ちょっと呆気に取られている女土方を抱きしめてからキスしてやったらもっと目を白黒させていた。


「あんたねえ、私にあんな女を押し付けておいてずい分態度がよそよそしいじゃないの。人に背負いこませておいてまさか私たちには関係ないっていうんじゃないでしょうね。もしもそうだったらこっちにも考えがあるからね。」

女土方はそんな僕に態度にちょっと慌てたようだった。

「違うのよ、そんなことじゃないの。あのね、彼女、まだ落ち着かないだろうからしばらくは私たちがあまり絡んだりしない方がいいと思ってちょっと遠慮してたのよ。あなたに押し付けてこっちは知らん顔なんてそんなことは絶対にないわ。しばらくして落ち着いたらまた距離を詰めてもいいかなと思って、・・。だから変に取らないでね。」

うーん、そうは言われてもこっちもちょっと僻みっぽくなっているからなあ。なかなかすなおにはなれないが、当面はこれ以上追及しても意味がないだろうからやめておいた。そうしたら女土方、僕の方を見て「今のってちょっといいかも。何だか昔を思い出しちゃった。」といたずらっぽく笑った。ああ、そう言えばそんなことがあったなあ。

「とにかく私たちは一緒だからね。変な気を起こさないでね。」

女土方はそう言うとちょっとスキップでもするような軽い足取りで更衣室を出て行った。


部屋に帰るとサルが、「社長が来てくれって」と僕にそう言った。まあ知的美人のことだろう。考えてみればうちの社長も大変だよな。金融界の大御所の娘を預かったり大物政治家の娘を預かったり、しかも面倒を見ているのが普通の女性ではない僕なんだからなかなか気が休まる暇がないと言えばそうだろう。で、社長室に行くと「どうぞ、入ってください」と言う社長の声が聞こえたのでそのままずかずかと入り込んだ。

「お呼びだそうですが、・・。」

僕がそう言うと社長は「どう」と小声で聞いた。

「まあ、それなりに落ち着いてはいますが、まだ、先は長いと思います。こっちもいろいろ求められるんでちょっと疲れ気味です。」

社長は北政所様がいないことをいいことに、「何だか艶めかしさを感じるけど佐山さんはそれどころじゃないんだろうなあ」とにやっと笑った。下品な想像をしているんじゃないと言ってやろうかと思ったが、そこに北政所様が入って来たら急に真面目な顔になって「いろいろ迷惑をかけるけどよろしく頼むよ」と締めくくった。


僕も男の気持ちは分かり過ぎるくらいよく分かるので「分かりました」とだけ答えておいた。北政所様は僕らを交互に見据えてちょっといぶかしそうな表情を見せたが何も言わなかった。部屋を出ようとすると社長が「あ、ちょっと、・・。」と声をかけてきた。何かと思って振り向くと手にちょっと厚めの封筒を以って「澤本社長からこれを、・・。何か物入りの時に使ってくれと、・・。」と言って手渡そうとした。百万くらい入っていそうだった。

「お金だったら必要ありません。ご厚意だけありがたくお受けしますと、・・。もしも何か必要なことがあったらご相談申し上げますと澤本社長にお伝えください。」

社長は何も言わずに二、三度頷くと「そう言うだろうと思った。佐山さんて本当に欲がない人だね」と言って封筒を引っ込めた。本音はもらっておけばよかったかなと思ったが、金融王には衣食でずいぶん世話になっているし、まあ、百万くらいもらわなくても困らんだろう。部屋に戻って通常の業務をこなして特にこれと言ったこともなく1日が終わった。終業の時間になって知的美人はまた一目散に帰るんかと思ったら仕事を続けている。

「もう時間ね。どうする。帰る、・・。」

僕がそう聞くと「あなたはどうするの」と言う。

「もう少しで切りがいいんでちょっと残るわ。先に帰れば・」

僕がそう言うと知的美人は「じゃあ私ももう少し、・・」と言ったその直後、その場にいた全員の度肝を抜く様なことを言い出した。

「ねえ、もしもよかったら帰りにちょっと寄って行かない。同じ屋根の下で暮らすことになったんだから。大したことはできないけど、私、皆さんにごちそうするわ。」

この発言には一同が固まってしまいしばらく二の句がつけなかった。知的美人が固まった僕たちを怪訝な顔で見まわして「お気に召さないなら無理強いはしないけど、・・。」と言ったのにやっと正気に戻って「あ、あの、いいんじゃないの。私はかまわないけど皆さんは、・・。」というと女土方もクレヨンも「うんうん」と頷いたのでこれで話がまとまった。

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