2018年4月、航空自衛隊のF-2後継機計画において、アメリカのロッキード・マーチン社が同社製のF-22「ラプター」にF-35「ライトニングII」のシステムを搭載すると思われる、「ハイブリッド戦闘機」案を打診したことが話題となりました。最高の飛行性能と搭載力を持つF-22に、情報処理能力にかけては他の追随を許さないF-35の能力を持たせるとあって、SNSなどにおいては大きな話題となったようです。こうしたなかにあって「どうせ新型機を開発するならば、ATF(アメリカ空軍先進戦術戦闘機)計画においてF-22の原型機YF-22との競争に敗北したノースロップ社製のYF-23『ブラック・ウイドゥII』を原型としてはどうだろうか」という持論を投稿する人が、少なからずいたようです。
YF-23とはどのような飛行機だったのでしょうか。実はこのYF-23、ATF計画においてYF-22に敗北したとはいえその性能たるやすさまじく、数多くの評価項目においてYF-22を上回っていたとも言われます。特にステルス性においては明らかにYF-22よりも一歩進んだ高い水準に挑んでおり、複雑な曲線をもったその機体シルエットは比較的直線部の多いYF-22どころか、F-35さえ凌駕する近未来的な優美さを醸し出しています。もちろんレーダーへの露出は複雑な計算を必要とするため、実際はただ見た目だけで判断することはできませんが、一方でエンジンの搭載方法についてはYF-23のステルス重視の姿勢が明確に表れています。
それでは推力偏向装置を使えないYF-23は機動性に問題が生じなかったのかと疑問に思われる方もおられることでしょう。実際はそうでもなかったようです。YF-22やYF-23は「スーパークルーズ(超音速巡航)」能力をもち、実際ATF計画においても高い速度での機動性が要求されました。そしてこういった状況では空力舵面が十分機能し、特に高速度での機動性はYF-23が上回っていたとされます。推力偏向装置が最大のパフォーマンスを発揮する状況は、実はあまり実戦的ではないエアショーなどの出し物で行われる超低速でのアクロバットです。エアショーにおいてF-22は超低速でとてつもない動きを披露しています。YF-23が実用化されていたならばこうした機動はできなかったであろうことは間違いないところです。
ステルス性はYF-23が上、実戦的な機動性もYF-23が上。ではなぜYF-23は負けYF-22は勝利したのでしょうか。その理由は公開されていません。皮肉なことに2018年現在はF-22そしてF-35もモノにしたロッキード・マーチン社のひとり勝ちとも言える状況にありますが、当時ロッキード社は自社の戦闘機が何もありませんでした。ゆえにノースロップ社では「勝負には勝っていたがロッキード社を救済するために敗北した」と見なしているようです。
現在ではアメリカの後を追うように各国でもステルス機が開発されていますが、これらの機種はどちらかというとF-22に似ています。もしYF-23がF-23として実用化されていたならば、F-23似となっていたかもしれません。またF-23ハイブリッド戦闘機案の提案もあり得たでしょう。ほんのわずかな運命の違いで最強戦闘機になり損ねたYF-23は2機が製造されました。世界最大の航空博物館として知られるオハイオ州のアメリカ空軍博物館に1号機「スパイダー」が、そして2号機「グレイゴースト」はカリフォルニア州の西部航空博物館において翼を休めています。特に後者は日本人利用者の多いロサンゼルス国際空港から車やタクシーで20分程度の位置にあります。旅行かなにかのついでにアメリカへ行く機会があったならば、気軽に「あり得た最強戦闘機」を楽しみに行くのも一興なのではないでしょうか。