本能寺ホテルに刺激されて安土から坂本を回って京都に来た。本能寺ホテルに泊まろうかと思ったが、あれは映画のセットで実際には一階と二階部分しか作られずあとはCGだったそうだ。セットは東映京都撮影所の中に作ったそうだ。だから京都市内を探しても本能寺ホテルはない。そういうことなのでホテルは京都市内に取った。


信長さんと言うと天魔、魔神のように描かれる。確かにあの戦乱の世の中を平定すると言うのは並大抵のことではないだろうから相当に強引なこともしただろう。でも本能寺の変で自分の命が風前の灯火なのに女房衆に「女子は苦しからず。急ぎまかり出でよ。」と逃げるように言うなど最後まで冷静さと優しさを失わなかったのはさすがと言うほかない。


信長さんは気性が激しく激昂するところもあったそうだが、超がつく合理主義者で常に冷徹な観察力を持って世の中を見ていたように思う。また猜疑心が強く人を決して信じないと言うが、もしもそうなら本能寺の変は起こらなかっただろう。信長さんは自分のやることを世論がどう判断するかそのことを非常に気にしていたそうだ。


本能寺の変の時に軍勢を伴わなかったのは三職推任に対する回答を朝廷にするのに軍勢を伴って朝廷を恫喝したと思われるのを避けるためだったそうだ。信長さんは炎の中に消えて日本史上不世出の天才戦略家はこの世から去った。


信長さんの墓はあちこちにあるが、堀川四条の本能寺跡には間違いなく信長さんの遺骨が眠っているだろうから明日は堀川四条の本能寺跡にでも行ってみるかと思っている、(^。^)y-~。


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※ ここは安土城址、‥(^。^)y-.。o○。
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※ 日吉大社、比叡山の焼き討ちで真っ先に燃やされた。国宝などの建物が多いが痛みもひどい。
   
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※ 京阪鉄道、江ノ電のような鉄道ではある、‥(^。^)y-.。o○。

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