「お忙しいところを大変申し訳ありません。どうぞおかけください」

金融王は超高級ソファを示した。僕と社長が腰を下ろすと金融王は人を呼んで「コーヒーを」と言いつけた。言いつけられた方は「かしこまりました」と言って引っ込んだ。

「それではちょっと聞いておいていただきたいのだけれど、・・」

金融王はそう前置きをして話を始めた。それによると知的美人は政治家さんの一粒種で将来は自分の跡を継がせようと思っていたそうだが、知的美人はほかに夢があったらしい。米国留学までは何とか亀裂が生じないで進んだそうだが、戻ってから親子の間に亀裂が入り始め、父親が仕事で多忙で亀裂の修復どころではなく挙句の果ては親子げんかで家を飛び出してしまったそうだ。精神的な不安定もそれが原因なんだろう。まあどこにでもある月並みな話ではあるが、名の知れた政治家さんとなるとどこにでもあるでは済まないのだろう。

「まあそんなわけで僕も名前を聞いて驚いたんだけど、・・それでね、僕もその女性をうちに引き取って落ち着くまでおいてやろうかと思うんだが、そこで、佐山さんにしばらくの間、面倒を見てもらえないかと、・・。いや、うちの娘も見てもらってこんなことを言えた義理じゃないんだけど、・・その女性もあなたを頼っているようだし、ここは一つ何とか、・・。」

日本の経済界を動かしているような大物が吹けば飛んでしまうようなしがない僕に頭を下げて頼むというのもおかしなものだが、今のままで置いておくわけにもいかないだろうし、実家に戻すと言ってもそれはそれでまた問題があるのだろう。まあその辺はよく理解できる。しかしだよ、何でもかんでも安易に僕に振るというのは納得し難いことではある。

「お言葉ですが、立派なご両親がいらっしゃるのだからご自分で見てあげればいいじゃないですか。どうして私が彼女を見なければいけないんですか。それっておかしくありませんか。天下国家のために忙しいというのなら次元は違っても私も会社や自分のためにやらなくてはいけないことがたくさんあります。立場は違ってもそれは同じじゃないですか。」

僕がそう言うと金融王も社長もうつむいてしまった。まそうだろう。

「実は間もなくここに政策秘書と官房秘書官が来ることになっていて、佐山さんの言うことはもっともで僕としてもまことに忸怩たるものがあるが、そこを一つ枉げて何とか、・・。」

日本経済界の超大物にこれほど頭を下げられる一般人もいないだろう。まあもうこれ以上へそを曲げているわけにもいかないだろう。

「分かりました。お世話になっている頭取や社長にここまで言われてお断りするのは私の是とするところではありません。でも先方にも言いたいことは言わせてもらいますがよろしいですね。」

二人は黙って頷いた。その後、しばらくの間、重苦しい沈黙が部屋を支配していたが、そこに「政策秘書の森口様がお見えです」と秘書が伝えに来た。

『よし、来たか。戦闘開始だ。』

僕は心の中でそう叫んだが、どうも表情に出たらしい。金融王と社長が一斉に僕を見た。そこに政策秘書の森口と名乗る男と官房秘書官の何とかいう男が入ってきた。森口と言う男はいかにも政治家の秘書らしく低姿勢で腰も折れよとばかりに頭を下げまくっていた。官房秘書官の方はさすがに官僚なのか、そこまで慇懃ではなくその表情にはこんなところに引っ張り出されて迷惑という風情が浮かんでいた。二人が僕たちと向かい合わせに超高級ソファに腰を下ろすと金融王が僕たちを引き合わせた。秘書の慇懃さんは両手で恭しく名刺を差し出した。一方の秘書官は片手でさっと名刺を出したが、その際、僕と視線が合うとバチっと火花が散ったように見えた。


「この度は大変なご迷惑をおかけして申し訳ありません。また佐山様にはとんでもないご迷惑をお願いしたところご了解いただいてお引き受けいただけるとのことで議員ともども厚くお礼申し上げます。必要なことがあれば何なりとおっしゃっていただければ当方で対応させていただきますので何卒よろしくお願いいたします」


秘書の慇懃さんはこれ以上ないというほど平身低頭でそう言った。でも僕はまだ引き受けるなんて言った覚えは欠片もない。ここから戦闘開始だろう。

日本ブログ村へ(↓)