判決公判後、担当した9人中8人の裁判員が23日、静岡地裁で会見した。60代の男性裁判員は「大きな事件だった。いろいろ悩んだが、皆さんと話し合った結果だ」と極刑を下した量刑について語った。

全11回の審理で、ほぼ黙秘を貫き、犯行の経緯や殺害動機など一切語らなかった川崎被告に対し、裁判員からは「やっていないのなら、やっていないなりに言葉がほしかった」と困惑の声が漏れた。

50代の女性裁判員は「黙秘の数を制限できないか」。補充裁判員を務めた40代の女性裁判員は「少しでも良心があるのなら遺族に本当のことを話してほしい」と語った。


自白を強要、あるいは偏重しない捜査と言うことで客観的な証拠による犯罪の立証と取り調べの可視化と言う捜査手法に変わったのだから公判で「正直に話して」と言うのもどうかと思う。総理に近いとか言うジャーナリストの性犯罪も様々批判があるが、事実の認定は証拠で行うという刑事訴訟法の規定があるのだから、誰が何と言おうが、要は犯罪を立証するに足る証拠がなければどうにもならない。逮捕状請求を取り下げさせたのも検察が不起訴としたのもそう言うことだろう。特定の犯罪にだけ特定のルールを当てはめたら刑事司法制度は崩壊する。これから重罪犯は否認あるいは黙秘がますます増加してくるだろう。個人の感情として「本当のことを話して」は理解できるが、自分に不利なことをべらべらしゃべること自体がおかしいという考え方もある。現実は真逆の方向を向いている。有罪は取れても肝心の部分は永遠に闇の中と言う事件が増えいてくるだろう。

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