部屋に戻ると知的美人は何事もなかったように金属的な表情で仕事を始めた。クレヨンはそんな知的美人に敵意ある視線を送っていたが、知的美人は全く意に介してはいないようだった。そんなこんなで何となくぎくしゃくした雰囲気で時間が経過してやっと昼になろうとしたときに社長から電話がかかってきた。

「クリニックで予約が取れたので午後2時に本人を連れて行ってくれないか」


社長はそう言うとクリニックの名前と電話番号を告げた。そこは超有名な病院でちょっとやそっとでは予約など取れないはずの病院だった。そして社長は最後に「これは業務命令だからね」と付け加えた。


業務命令はいいが、診療費は大丈夫なんだろうか。目の玉が飛び出すほどの費用を請求されるんじゃないだろうか。僕は電話が切れた後に知的美人と女土方に社長から言われたことを伝えた。女土方は「分かったわ。行ってらっしゃい」とだけ言った。


知的美人は何も言わずに頷いた。そんなわけで僕と知的美人は食事を済ますとタクシーで病院へと向かった。社長、タクシーチケットを使っていいという。この至れり尽くせりは一体どうしたんだろうか。


医者に着いて受付で名前を言うと「こちらへどうぞ」と一般の待合室とは異なる特別室のようなところに案内された。


「こちらでしばらくお待ちください。お飲み物はよろしければご自由にどうぞ。」


受付の女性はそう言って部屋を出て行った。


「どうぞ、ご自由にと言うんだから飲みましょうか。何が良い。」


僕は知的美人を振り返るとそう言った。


「コーヒーをもらおうかな」


知的美人がそう言うので高そうなカップにコーヒーを注いで渡してやった。そして自分の分をこれもまた高そうなカップに注ぐとソファに腰を下ろした。しばらくすると知的美人が呼ばれて部屋を出て行った。一人になって手持無沙汰ではあったが、この部屋には本や雑誌ばかりではなく、パソコン、テレビ、オーディオなど時間をつぶすものには困らなかった。小一時間も経った頃知的美人が戻って来た。そして入れ替わりに僕が呼ばれた。


診察室は普通の病院とは違い一般の家庭の部屋のようで医者も白衣ではなく普段着を着ていた。これは患者に心理的な圧迫を加えないようにという配慮だろう。


「どうぞ、おかけください」


医者に椅子を勧められて腰を下ろした。


「付き添いの方に状況を説明しておいてくださいと連絡がありましたのでお話しします。と言っても今日はさわりだけをお聞きしただけなのでその点ご了解ください。吉川さんは心に何かトラウマがあるようでそのために精神的に不安定になることはあるようです。その際男性を強く求めるようですが、それ自体が異常とか言うものではありません。問題は心の奥底にあるトラウマでこれを自身で解消できずに呻吟していることが問題なんです。病名としては周期的なうつ症状と精神的な不安定感が重なったものと言えると思います。今日の聞き取りではまだ彼女のトラウマの原因を聞きだすには至りませんでした。しばらく定期的に通院していただくことになると思いますが大丈夫ですか。当面通っていただくことが大事なことですのでよろしくお願いします。吉川さんはあなたのことをとても信頼しているようですので、・・。それから当面精神的な不安定状態が生じないよう薬を処方しておきますので必ず指示に従って服用させてください。決められたとおりに薬を服用していただくのも極めて大事なことですので、・・ね。」


僕はちょっと好奇心で聞いてみた。


彼女が異性を求めたらどうしたらいいんですか。止めさせるんですか。」


「過度に陥らなければかまいません。健康な成人女性ですから性欲があるのは当然だと思います。依存はある意味自己保全の一種でもありますから基本的には病気とは違います。ただ欲望を自分でコントロールできなくなってしまうとそれは病気の範疇ですのでその辺には注意してやってください。」


この医者、なんだか僕が知的美人の保護者のようなことを言う。


「あの私は彼女の保護者ではないんですけど、・・。」


僕がそういうと医者はちょっと怪訝な顔をした。


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