中国人の夫婦が外交上の不逮捕特権を主張して黙秘を続け、その意に沿うように中国当局が身柄の引き渡しを求めた銃撃事件。管轄権は中国に移ったが、有識者からは、殺人事件という重大な犯罪に外交特権を適用することに否定的な見方が出ており、中国側の強引な手法が浮き彫りになっている。(セブ 天野健作)
◆観光地の惨劇
照り付ける南国の太陽と雨期の蒸し暑さ。十月末でも、十分ほど歩くと汗が額からしたたり落ちる。
◆観光地の惨劇
照り付ける南国の太陽と雨期の蒸し暑さ。十月末でも、十分ほど歩くと汗が額からしたたり落ちる。
アジアの代表的なリゾート地の一つであるセブ。世界的に有名なダイビングスポットも点在する。海岸から車を20分ほど走らせた所に、銃撃事件の現場となったレストラン「ライトハウス」があった。
魚料理がふんだんに提供される、地元では有名な店だ。訪れた昼間には生のバンド演奏もあり、優雅な雰囲気が漂う。ただ、銃撃事件の起きた後で客は少なく、風評被害を気にしてか店内の写真撮影も断られた。店の男性は「中国の総領事らはたくさん注文したが、酒は頼んでいなかった」という。総領事らが利用した個室は閉鎖されたままで、男性は「事件当時は誰もその様子を見ていない」と言葉少なに話した。
◆「何もできず」
事件に関与したとされる中国人夫婦が拘束されていたセブ市警察署は、銃撃場所から歩いて5分ほどの所にある。
◆「何もできず」
事件に関与したとされる中国人夫婦が拘束されていたセブ市警察署は、銃撃場所から歩いて5分ほどの所にある。
地元の記者ら十数人が、捜査会議が開かれている部屋に出入りする警察幹部に詰め寄ったが、幹部は夫婦の完全黙秘に手を焼いている様子で、「情報がない」と繰り返した。その間、中国の外交官が差し入れの入った袋を持って夫婦を訪ねたが、記者の問いかけに対しては無言を貫いた。
セブ市警察のトム・バナス署長は「中国との間に協定があり、それを守らなければならなかった。事件はすでに外務省の手にある」と強調した。捜査に携わった警察官は「事件が目の前で起こっていたのに何もできなかった。中国側は内輪の恥部を他国にさらけ出されたくなかったのだろう」と悔しさをあらわにした。
◆「特権使えぬ」
フィリピン外務省が中国側の外交特権を認めた根拠は、外交関係のウィーン条約と2009年に中国との間で結ばれた領事協定にある。夫婦も頑強に「不逮捕特権」を主張した。
フィリピン外務省が中国側の外交特権を認めた根拠は、外交関係のウィーン条約と2009年に中国との間で結ばれた領事協定にある。夫婦も頑強に「不逮捕特権」を主張した。
拘束された中国人の夫(60)は、領事の公用パスポートを所持していたが、事件当時は領事館の職を退いていた。同じく拘束された妻(57)は、領事館の査証部門で勤務していたという。
「フィリピン警察が管轄権を失ったことはとても悲しいことだ」
「フィリピン警察が管轄権を失ったことはとても悲しいことだ」
こう語るのは、フィリピン大のハリー・ロケ教授(法学)。「領事の業務は基本的に商業上の機能的なものであり、殺人事件は全く関係がない。外交特権を享受できる事件ではなかった」と断言する。
「領事関係に関するウィーン条約」では、「領事官は、抑留されず又は裁判に付されるため拘禁されない。ただし、重大な犯罪の場合において権限のある司法当局の決定があったときを除く」とされている。
名古屋大の水島朋則(とものり)教授(国際法)も今回の事件は、外交特権が適用されないケースだという。水島教授によると、たとえ夫が公用パスポートを持っているとしても、領事の職を失った時点で特権はなくなる。査証部門で働いている妻についても、殺人などの「重大な犯罪」について特権は適用されず、地元警察は逮捕が可能だったという。
セブの中国領事館は今回の事件について、「コメントできない」としている。
外交関係者による犯罪は非常に厄介だ。外交官は広範な特権が認められており、民事、刑事ともに現地の裁判権には、個人的に行なった行為による民事事件以外は、一切服さない。警察の目の前で人を殺しても外交官と言う身分が明らかであれば現地警察は逮捕は出来ない。大使館は言うまでもないが、外交官の自宅も不可侵と言うことになる。
領事についても同様に現地の裁判権には服さないが、外交関係に関するウィーン条約には重大事件を除くと言う規定がある。外交は相互主義なのでフィリピンの外交関係者も中国では同様の特権を有する。今回の場合、被疑者の男性は領事職員を退職しており妻が事務官と言うことで限定的な治外法権を有するのみであるので逮捕は可能だったと思われる。
もしも、日本で同様の事件が発生した場合はどうなるのか。とりあえず身柄だけは確保しておいて警察庁と外務省で協議して最終的には内閣総理大臣了解の上での決定と言うことになるだろう。ただ、中国などはこのような事件で捜査権を行使した場合、中国に駐在する自国の外交関係者に報復される可能性がある。尖閣海域での漁船衝突事件の際に日本の建設会社社員がスパイ容疑で逮捕されたのもその類だろう。そんな点も考慮に入れて考えなくてはいけないので外交はなんともややこしい。
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