さる7月17日、防衛省は陸上自衛隊の現用の汎用ヘリ、UH-1Jの後継となるUH-X(次期多用途ヘリ)の選定で、富士重工案を選択した。今回の商戦はベル・ヘリコプターと組んだ富士重工業が提案する民間ヘリ412EPIの改良型とエアバスヘリと組んだ川崎重工が新たに開発する新型民間ヘリ、X9をベースに開発する案を提出していた。

 

実は川崎重工が受注を獲得できる可能性は極めて高く、大方の関係者の予想は川崎重工の受注であった。ゆえに富士重が契約を勝ち取ったことは、当の富士重工含め、多くの関係者に驚きを持って迎えられた。


■ 契約を勝ち取った富士重工のスペックは? 
 富士重工の提案の概要はベル412EPIの発展型機として、自衛隊機と民間機の共通プラットフォームとして改良開発する。出力を上げるためにトランスミッションは現用型を改良する。

 

アビオニクスはEPIのものをほぼ流用し、自衛隊型は若干の変更が加えられる。改良が最小限のため、耐空証明、型式証明の取得期間も短く、コストも低い。また現有機であるUH-1Jと同じフレーム構造を持ち、現有機からの円滑な機種転換が実現可能としている。

 

対してエアバスの新型機である4.5トンクラスのX9は最新鋭機であり、同社のH145(旧名EC145=BK117)と、これまた新たに開発される5トンクラスのX4の中間に位置する機体だ。H145も70年代の開発であり、将来的にはX9はH145の後継機としもエアバスヘリ社内的には考えられているようだ。分担シェアはエアバスヘリと川崎重工の50:50で、イコール・パートナーである。このため技術的に新規技術の導入が可能であり、生産分担のシェアも大きい。

 

この選定は陸自の汎用ヘリ選択という意味では妥当な点もあるが、日本のヘリ産業の自立や振興という、より大きな防衛航空産業の将来をどうするのか、という視点からみれば致命的な誤りだと筆者は考える。この決定が将来日本のヘリ産業を壊滅させる可能性すらある。



今回のUH-X選定のキモは、防衛省や経産省関係者に取材した限り、まず民間用ヘリの開発を海外メーカーと行い、その民間型流用によってより少ない開発、生産コストで安価に自衛隊向けの汎用ヘリを開発する。同時に、内外のヘリ市場で売れる民間型の販売を通じて国内ヘリ産業の自立を促進し、振興する。民間型が売れれば、自衛隊型も量産効果により調達単価やパーツや維持費も大きく下がることが期待できる。つまり、防衛費をスプリングボードとして売れる民間ヘリを開発しよう、その果実は防衛省も味わえる、というものだった。

 

実際に、防衛省の調達関係の幹部は「既存機の改良と新規開発では、前者がコストや納期、リスク管理では圧倒的に有利だ。だがUH-Xでは新規開発が不利にならないように手配りをしていた」と述べている。だが川崎重工の経営トップは、そのような防衛省の意図やサインを読み間違えていたようだ。「ベル・ジャパンや富士重工の役員クラスは頻繁に防衛省を訪れ、真摯に対応したが、川崎重工の役員クラスは来ずに、技術担当ばかりがやってきた。またマネジメントレベルで真摯に防衛省側の疑問に答える姿勢が見られなかった」(同)。

 

事実、特に今年3月以降、富士重工の航空事業とベル・ジャパンのトップマネジメントは頻繁に市ヶ谷詣を行い、起死回生にかけてきた。だが川崎重工はこれを斟酌せずに、いつもの装備調達と同じ感覚でコンペに望んだ。つまり防衛需要が主であり、民間機開発は「おまけ」、あるいは方便であるという感覚があったように思える。


■ UH-Xとはどのような機体であるべきか
 UH-Xの詳細は関しては筆者の「川崎重工は「世界のヘリメーカー」になれるか」を参照していただきたい。 この記事で筆者は以下のように述べている。「筆者は川崎重工に期待していると述べたが、トップメーカーである川崎重工に、三菱重工がMRJを立ち上げたのと同じように、自社のヘリビジネスを自立したビジネスとして育てよう明確な意志とビジョンをもっているかがカギになる。それがなく『国営企業体質』が抜けないのであればヘリビジネスの自立化は難しい」。そのような懸念が、まさに現実となったように思える。

 

川崎重工のオウンゴールという面は否めないが、それでも既存機のマイナーチェンジである富士重工案を選んだのは、ヘリ産業の自立と産業振興という面では大きなマイナスだ。

 

結果を見れば既存機の改良型であった富士重工案が有利だったとように思えるが、既存機と新規開発機を同じ土俵で比較することがおかしい。

 

同じ土俵であれば、開発費やリスクに関しては改良型の方が有利なのは明らかだ。防衛省は既存機の改造案と、新規の開発を同列では評価していないと主張しているが、陸上幕僚監部では調達時期と、開発費、運用コストをより少なくすることが重視されたようだ。耐空証明や型式証明を取るためのコストや時間も既存機ベースの方が圧倒的に有利だ。富士重工案がより早期に調達可能としているが、川崎重工案でも防衛省の示した時期までの開発、納品は可能とされていた。

 

確かに富士重工案はリスクが少ないし、UH-1Jと同じフレームコンポーネントを多用しているために、ユーザーである陸自は既存の設備である程度流用でき、陸自での導入もより短い時間で可能となるだろう。このため短期的に見た場合のコストは安い。

 

だが「国内生産・技術基盤への寄与」や、「国内外の民間市場への展開」といった評価項目で富士重工案が高い評価を得ているのは理解できない。新規技術の開発も技術移転も期待できず、すでに陳腐化が進んでいるUH-1ベースの機体は、本来不利なはずである。だが計画の具体性であれば、既存機体の改修である富士重工案の方がより、具体的な計画を提示できる。



防衛省によると富士重工は、今回の412EPI改良型は最低でも民間市場で150機程度、すなわちUH-Xの調達予定数と同じくらいの機数、あるいはそれ以上の販売が国内外の市場で可能であるとしている。防衛省側は第三者のコンサルタントに依頼してこの目論見を検討し、計画は手堅く実現性は高い評価をした。第三者の評価を取り入れたことは評価するが、はたしてそれほど売れるだろうか。

 

実際問題として412EPI改良案は市場的には魅力が乏しい。そもそも原型であるUH-1の初飛行は50年代であり、すでに60年ほど経っている。当然ながら設計思想は古く、近代化しようにも限界がある。しかも今回の改良は事実上トランスミッションを改良してエンジン出力を向上させるだけで、技術的な目玉は存在しない。

 

また412やその派生型が多数存在し、米国のみならず、人件費の安いインドネシアなどでも多くのモデルが生産されている。このためシリーズ内部でもシェアの喰い合いが想定される。412EPIの改良型を調達するなら国内で生産するより、むしろ輸入の方がはるかに安価だ。412EPIの改良型が150機以上も売れるというのは筆者には極めて楽観的に思える。またこの案は独自の技術開発が少ない分、わが国のヘリ産業に技術的な進歩や技術移転もほとんどもたらさない。さらには日本メーカーが耐空証明や型式証明をとる機会も得られない。


■ 川崎重工案のメリットは大きかったはず
 川崎重工案の場合、仮に生産目標が600機、採算分岐点が300機だとしよう。事実上のランチカスタマーである陸自の要求の150機で、採算分岐点までの1/2が埋まる。また開発費も一部防衛費から出されるために、純然たる民間機として開発するより、かなり軽減されるし、実際の採算分岐点はさらに低くなる。実は防衛省ではUH-Xをベースにし、OH-1、AH-1Sの後継機種となる軽攻撃・偵察ヘリ構想されていた。調達数は最低でも60機程度にはなっただろう。これも加えればUH-Xファミリーの生産は200機を超える。つまり採算分岐点まで2/3以上を陸自需要だけで賄える。また、国策として国内の警察や消防、海保などにも採用させれば更にリスクは低減できる。技術的にも得るものが多かった。

 

しかもパートナーであるエアバスヘリは世界最大のヘリメーカーであり、営業力が世界中で強い。つまり新規開発としては極めてリスクが低いプロジェクトだ。おそらくX9は第二のBK117(川崎重工とエアバスヘリ共同開発)となり、世界の市場でこの先数十年は売れる機体となっただろう。当然ながら陸自が調達するパーツ代などもコストが大きく低減されたはずだ。川崎重工はBK117に加えて、新たな民間ヘリのポートフォリオを加えられ、防衛省外の売上が増え、よりヘリメーカーとして自立することが可能となる。少なくともその機運が生まれただろう。

 

軽攻撃・偵察ヘリ構想について過去形で書いたのは、富士重工案の412EPI改良案ではその可能性がまったく無いからだ。「富士重工案の採用で、軽攻撃・偵察ヘリ構想は白紙だ。これはあくまで新型機の開発を前提の話であり、そうであれば多少サイズは大きくてもUH-Xの派生型として開発、調達する意義があった」(防衛省調達関係幹部)。新型機ならば数が増えればそれだけメンテナンスや維持費も安くなる。また国内メーカーの市場進出への援護射撃にもなる。だが既存機のマイナーチェンジならばその必要はない。もっと小型の既存ヘリで十分だ。

 

つまり、富士重案を選んだことで、UH-Xを原型とした軽武装ヘリの開発・調達の目は無くなったといえるだろう。防衛省の担当者は否定するが、富士重工案が選ばれた理由にオスプレイの採用の影響が考えられる。陸自は現中期防で17機のオスプレイを調達するがその経費は約3,600億円と見積もられている。平均して毎年、900億円の予算が必要だ。陸自のヘリ調達予算は約300億円程度に過ぎず、その約3倍であり、この額は極めて巨額である。

 

17機のオスプレイの調達後もヘリと比べて極めて高いとされる維持コストが必要だ。このため現在あらゆる部門でオスプレイ(更には水陸両用装甲車AAV7)などの高額な新装備の調達のあおりを受けて、予算の獲得が難しくなっている。陸幕がUH-Xの開発、調達コスト削減を一番に考えたのは、オスプレイ調達の影響がある可能性は否定できない。



川崎重工案を選べばヘリメーカーの統合・再編が進む可能性もあった。UH-Xの契約が獲得できなれば富士重工のヘリ部門は新規へのヘリ生産がなくなり、事業を継続することが困難となる。であれば、3社あるヘリメーカーが2社となり、将来のわが国のヘリメーカー再編に途をつけることになっただろう。


■ 川崎重工案はヘリメーカーの統合再編が進む可能性
 だが、富士重工が契約を獲得したことによって、今後もわが国の「国営ヘリ産業」は不毛な「三国志」状態が続くことになる。だがそれは税金の浪費に過ぎない。国内ヘリメーカーは防衛省需要に寄生しており、BK117を除けば国内民間市場はもちろん、海保や警察、消防などの市場でもほぼゼロだ。しかも3社で同じような開発費を投じている。日本全体で投資できる開発費用を3分の1ずつ使って、各社少ない予算で同じような研究開発を行っている。開発者の層も薄い。これでは世界の市場で戦っていけない。

 

安倍首相は武器輸出には熱心で海外でトップセールスまで行っている。だが、あまりに「商売」が下手で、「武士の商法」だ。インドへの飛行艇US-2や、英国への哨戒機P-1、オーストラリアへの潜水艦などと見込みが薄い、あるいは政治的、外交的なハードルが高く実現が困難な「ビッグビジネス」に力を入れている。US-2や潜水艦の売り込みのために防衛駐在官をインドやオーストラリアに増員したが、所詮「軍人」が商人のまね事をしてもうまくいかない。

 

その反面、地味だが、これらよりよほど確実性があるUH-X選定の興味は薄かったようだ。本来UH-Xは新規開発のみ、既存機の改良にしても大幅改良で、既存機と大きなアドバンテージをもつ機体という条件をつけるべきだった。

 

わが国の防衛航空産業は政治的な意図や戦略と、現場レベルの戦術の調和と整合性がとれていない。また防衛大手企業も輸出に打って出て自立をしようという意識が低い。これでは防衛航空産業の輸出が成功することは極めて難しいだろう。



新規開発の方が良いに決まっているが、金も時間もなかったんでしょう。412EPIが民間にそこそこ売れるとは思えないが、あのクラスの中型ヘリの需要がどのくらいあるのだろうか。412EPIはUH-1Zと似たようなものだろうから、AH-XはAH-1Zだろうか。そんな話もあったように思うが・・・。うわさだろうか。


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