自民党の高村正彦副総裁は3日のNHK番組で、自衛隊が中東・ホルムズ海峡で、集団的自衛権を使って停戦前に機雷掃海をする条件について「ホルムズ海峡から原油が全く来なくなって、国内で灯油もなくなって、寒冷地で凍死者が続出するというのは、国民の権利が根底から覆される(状況)ではないか」と語った。
昨夏に閣議決定された「武力行使の新3要件」では、集団的自衛権の行使が認められる要件として「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合」とした。
高村氏は「単に経済的理由では駄目だ。原油が3割、5割上がる程度では駄目だ。(新3要件は)かなりしっかりした規定だ」とも語った。
集団的自衛権や武力行使で議論がやかましいが、要するに集団的自衛権とは目的を共にする国同士が運命共同体を作ろうと言うこと。「戦争をする国になるな」とか議論はやかましいが、実際に国家の存亡に瀕したらどうするのか、座して平和を唱えて死を待つのか。その覚悟があるならそれはそれでいいのかもしれない。現憲法の平和条項は、太平洋戦争の日本軍の鬼神もこれを避けるような勇猛果敢かつ凄惨な戦い方に恐れをなした米国が、将来の禍根を絶つために徹底的に日本の武装解除を進めるために作ったものでそのために米国は朝鮮戦争やベトナム戦争で莫大な犠牲を払って戦わなければならなかった。もしも日本が太平洋戦争を戦わずに米国とある程度の協調体制を維持していたならこれらの戦争は日本が矢面に立たされたかもしれない。戦争など進んでやりたいものはいないだろう。軍備などはそもそも国家存亡の時のために備える保険のようなもの、真に存亡の危機に瀕した時にどうするのか、それを明らかにしないと「戦争をするの、しないの、ああだこうだ・・・」と言ってみても始まらないだろう。「戦争をする国になるなぁ、・・・」と声を上げている人達に聞いてみたい。僕は黙って座して死を待つのはご免こうむるが、・・・。
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