昼の休憩時間になって一緒に食事に出ようと誘ったら、「食事は一人でとる主義なので」と簡単に断られてしまった。そして歓迎の意味を込めて仕事が終わった後でどこかに出ないかとも誘ったが、これも用事があるのでと振られてしまった。
 
 まあ僕にしても職場の延長で飲みに行くのはあまり好きではないのだけれど顔合わせという意味もあったので誘ってみただけだったが、こうもあっさりと振られてしまうとは思わなかった。普通は義理とか付き合いとかそんなものがあってなかなか入ったばかりの職場では断りにくいのだが、こうもすっぱりと断られると何だか納得してしまうところがあった。
 
 午後もトイレに立つかコーヒーを取りに行くくらいでほとんどパソコンから目を離すこともなく仕事を続け、クレヨンが買ってきたケーキも、「ああ、ありがとう、その辺に置いておいて」とあっさりと切り捨てられてしまった。そして終業時間になると何の躊躇いもなくさっと席を立って「じゃあ、お疲れ様」と言って帰ってしまった。何の遠慮もためらいもない何とも天晴な帰り方だった。
 
 こうしたお義理の付き合いには冷淡と自負していた僕にしてもここまでは割り切ることはできないだろう。クレヨンの買ってきたケーキも手も付けずに机の上に置きっぱなしだった。クレヨンは知的美人が出て行ったドアと机の上のケーキに代わる代わる視線を移して何だか泣き出しそうだった。
 
 僕はクレヨンの頭を撫でて、「まあ、何か用事があるんでしょう。また機会もあるから。」と慰めてやりながら天晴な帰りっぷりを反芻していた。  
 
 「さあ、私たちも帰りましょう。予定もなくなったことだし。」
 
 僕は自分の机に戻ると片づけを始めた。大方片付け終わってさてと思ったところでそれまで黙っていた女土方が口を開いた。
 
 「ねえ、どうせ寄り道していくつもりだったんだからちょっと寄って行かない。」
 
 僕はどうでも良かったのだが、クレヨンは泣きべそかきかけていたのが急に元気になって、「え、本当、行こう、行こう。」とはしゃぎだした。僕もこのメンバーなら気心が知れているし、自宅に帰っても同じことなので寄り道に同意した。女土方は、「じゃあ、支度するわね」と言って急に帰り支度を急ぎ始めた。
 
 職場を出ると女土方が、「ねえ、今日はあそこでいい。このところちょっと遠のいていたので顔も出したいし。」と言い出した。女土方が、「あそこ」というのは変な意味ではなく彼女がよく通っていたビアンバーのことだった。
 
 そう言われてみれば確かにあのバーにはもうかれこれ一年ほども顔を出していなかった。僕はビアンではないので特にあの店に行く必要もないのだが、女土方はずい分と長い付き合いだったのだろうからたまには顔を出したいのだろう。僕としても特に問題はないので女土方の提案に二つ返事で承諾した。しかし、あの店今でも営業しているのだろうか。
 
 日本ブログ村へ(↓)