すぐに、「通してください」という北の政所様の返事が返ってきた。
「社長が来てくれって。行こうか。」
僕はテキエディと女土方に言ったが、女土方は、「私はここにいるわ。電話番しているから。」と言って立ち上がろうとはしなかった。まあこれは僕が抱え込んだことなのでテキエディを連れて一人で社長室に向かった。
社長室に入る前に北の政所様のところに連れて行ってあいさつをさせた。北の政所様は「長い間お疲れ様、体に気をつけて頑張ってね」と言っただけで他には特に何も言わなかった。
「じゃあこっちへ」
北の政所様は社長室の扉を押した。中に入ると社長が椅子から立ち上がって出迎えてくれた。
「どうぞ、こっちへ」
社長は応接用のいすを手で示した。僕たちはそこに腰を下ろした。
「長い間会社のためにありがとう。今回お辞めになると聞いて残念に思うけどいろいろと事情もあるようだし、無理に引き留めるのもあなたの将来に差し障るかもしれないので彼女たちとも相談したうえであなたの決断を尊重することにしました。それであなたは正規職員ではないので規定にはないんだけどこれまでの功労に対してこれは僕からのお礼だから受け取って欲しい。」
社長は封筒を手渡した。中には何がしかの金が入っているのだろう。こういうのはなかなか気の利いたやり方だと僕は社長の心遣いに感心した。
テキエディは封筒を受け取ると涙声で、「お世話になりました。またご迷惑をおかけしたことを心からお詫びします。」というのが精一杯だった。それ以上話もないので僕はあいさつを打ち切って社長室を出た。
そして例の封筒を北の政所様に渡そうとすると、「ああ、辞表ね。人事に出しておいて」とこれまた躱されてしまった。そうして何となくみんなにかわされた風情で部屋に戻ったが、もうやることもなく長居をするような雰囲気でもなかったのか、テキエディは「じゃあ、名残惜しいけどこれで。みんな元気でね。」と言うと見送りに立ち上がろうとしたクレヨンを制して一人で出て行った。
「行っちゃったわね。」
僕は二人に向かってそう言ったが二人とも特に感慨はないようだった。そのうちに人事から連絡があってテキエディの辞表を持って行った。戻ってくると社長から呼び出されてテキエディの後任を探すように言われた。こんなことをしているうちにすっかり日常に飲み込まれてテキエディのことも過去のこととして頭の片隅にしまい込まれて遠くにかすんでしまった。
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