車は夜の街をすり抜けるように走ってあっという間にテキエディの家に着いてしまった。車を出入り口の前に停めようとするとライトに照らされて一人の男が立っているのが見えた。あれが例の男なんだろうと直感的にそう思った。
 
「あの人なの、例の人って。」
 
僕は後ろを振り返ってテキエディに確認した。
 
「そうよ」
 
テキエディは低い声でそう答えた。
 
「呼んだの。」
 
テキエディは何も言わずに黙って肯いた。
 
「そう、じゃあちょっと車から降りないで。ここで待って。」
 
僕はテキエディに釘を刺すと車から降りた。車のライトに照らされて立っているのはごく普通の中年男性で歳は僕と同年代くらいに見えた。僕はちょっと間合いを取って男の前に立った。男の顔にはやや困惑の表情が見えた。
 
「彼女を連れてきました。でも一つだけ約束して欲しいことがあります。どんなことがあったのかは知らないけど穏やかに話し合うと。それを約束して欲しいんです。」
 
「あなたは。」
 
男は車のライトが眩しいのか目を細めて僕を見据えた。
 
「彼女の上司みたいなものです。」
 
「話をしたいだけだ。別に何かをしようとは思っていない。心配でついてきたのか。」
  
   「送ってきただけよ。ここに来ているとは思わなかったけど。あの子、そんなことは言っていなかったから。ちょっと驚いたわ。」
  
   「何もしない。メールが入ったから来ただけだ。」
  
   「ねえ、話をするならここじゃなくて私の家でもいいでしょう。どうですか。」
  
    男はちょっと返事をためらっていたようだが、しばらくすると、
  「そっちがいいのなら構わない」と答えた。
 
   僕は車に戻ると、「あの人を連れて家に戻るわ」と三人に伝えた。
 
  「ちょっと詰めてね」
 
  僕はテキエディを促した。
 
  「じゃあ、乗ってください。」
 
  僕は立っている男を呼んだ。呼ばれた男はこっちに歩いて来ると車の後部座席に乗り込んだ。
 
   車を発進させると自宅へと頭を向けた。普通の車は五人も乗せるとアクセルが重くなるのだがこの車はさすがに力があるので軽々と走り出した。車を走らせながら時々ルームミラーで後ろを見るのだが、男は窓の外を見つめたまま身動きもしなかった。隣に座っているテキエディも肩をややすぼめるようにして身動きしなかった。
 
  車は来た道をたどって家に着いた。もっとも家とは言っても居候をしているだけで自分の家ではなく金融王の大邸宅だが。そして門の前でインパネのボタンを押すと出た時のように門扉がゆっくりと開いた。
 
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