テキエディはしばらくぐずぐずしていたが、しばらくすると観念したかのようにまた椅子に腰を下ろした。
 
「人の心の動きは誰にも予想ができません。今の状況は決して楽観はできません。佐山さんがついているので大丈夫とは思いますが、くれぐれも慎重な行動をお願いします。長い戦いになるかもしれませんが覚悟しておいてください。取り敢えず今回の件について委任状に署名をもらっておいていいですか。後は何か必要なときは連絡します。」
 
弁護士はパソコンを操作して委任状を印刷するとペンとともにテキエディの前に置いた。テキエディはその委任状をじっと見つめたまま動かなかった。僕はまたじれったくなってきたが、手をつかんで署名させるわけにもいかずテキエディが署名するのを待っていたが、弁護士の方も他に予定でもあったのか、「このことについてあなたの委任がないと私がやることは法律上意味を持ちませんのでお任せいただけるのなら署名をお願いします。」とテキエディを促した。
 
それでも動かないテキエディをど突いてやろうと思ったその時テキエディはペンを取って署名した。ああ、面倒くさい。いつもはちゃらちゃらと考えなしにやるくせにこんな時には手間取りやがって。
 
それで僕たちはやっと弁護士事務所を出ることができた。事務所を出る時に弁護士に手間をかけたことを一言詫びると「こんな時はみんなそうですよ。佐山さんは女性にしては短気なところがあるようですが急かせたりしてはいけませんよ。」とこちらの腹を見透かされたようなことを言った。この弁護士も僕をちょっと風変わりな女と思っているのだろうか。
 
弁護士の事務所を出るとテキエディはちょっと寄って行きたいところがあるからと言い出した。どこに行くのかと言ってもぐずぐずしていて何も言わなかった。一人歩きはだめだと言ってもなかなか帰ろうとしないのにはまた腹が立ってきた。
 
「どうでもいいけど今あなたを一人歩きさせるわけにはいかないわ。さあ帰るわよ。」
 
僕がそう宣言するとテキエディはキッとした顔つきで僕を真っ直ぐに見た。
 
「抱かれたいの。男に抱かれたいの。だから一人にして。」
 
「そんなこと言ってあなた今付き合っている人がいるの。」
 
僕がそう聞くとテキエディは黙って肯いた。まあ女はその気になれば男なんかいくらでもできるのかもしれないがそれにしてもこんな時によくもやるものだと変に感心してしまった。
 
「誰かに抱かれていないと不安で仕方がないの。どこかに落ち込んでいきそうなのよ。だから行かせて。お願いだから。ちゃんと帰るから大丈夫だから。」
 
テキエディは真剣なまなざしでそう哀願したがいくら言われても一人で放り出すわけにはいかなかった。僕が黙って首を横に振るとテキエディはとんでもないことを言い出した。
 
「じゃああなたが抱いて。あなただったら安心して任せられるわ。だからお願い。」
 
その一言に僕はたじたじとなってしまった。こいつは何でそんなことを言うんだろう。こいつも僕が男だということを感じているんだろうか。
 
「あんた、な、何を、バ、バカなことを言っているのよ。私たち女同士でしょう。」
 
僕は泡食って矛盾したことを口にしてしまった。考えてみれば僕は女土方と付き合っている。これは立派なビアンなのにテキエディに女同士を理由にするのは矛盾だった。
 
「あなた、ビアンでしょう。だったら別に私でもいいじゃない。伊藤チーフには黙っているわ。だからお願い。」
 
「そんなこと言っても、誰でもいいというわけじゃないのよ。それは普通の恋愛と同じよ。」
 
「だってあなた、澤とはけっこう適当に遊んでいるんでしょう。伊藤チーフが知っているかどうかは分からないけど。澤がそう言っていたわ、あなたはとても優しいって。」
 
あのサルのやつ、くだらないことを言いやがって。大体、あのサルがあれこれ仕掛けてきたことじゃないか。ろくでもないことを言いやがって。今度思い切り締めてやろう。
 
「大体、そんなにやるやるってどこでやるのよ。」
 
「ラブホでいいでしょう、私知っているわ、いいところ。」
 
そう言えばずっと以前に女土方をラブホテルに引っ張り込んだことがあった。急にやりたくなってちょっと風変わりなホテルに女土方を引っ張り込んだが、出る時にカップルと鉢合わせしてしまって相手はずい分と驚いたようで僕たちを見て目を丸くしていたっけ。テキエディのようにちょっと肉付きのいい女も悪くはないが、今はちょっとそれはまずいかもしれない。テキエディもただわがままを言いたいだけなんだろう。
 
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