海軍に「松型」という駆逐艦があった。ガダルカナル島攻防戦で多数の艦隊型駆逐艦を失った海軍が背に腹は代えられずに苦肉の策で作り上げた急増量産型駆逐艦で、兵装の重心を対空・対潜にシフトし、機関配置など防御上の改良を行ない、構造を簡易化して生産を容易とした新たな駆逐艦だった。松型はすべての艦に樹木の名前が与えられたが、急造で従来の艦隊型のような派手さがなかったために、「雑木林」などと呼ばれたようだ。
 
松型では量産のために船体の曲線構造を止め、平面構造を多用し、材料も特殊鋼(DS鋼)ではなく、高張力鋼(HT鋼)と普通鋼板で建造された。当時は第4艦隊事件後、強度などの問題であまり導入されていなかった電気溶接も多用されたという。
 
主機も建造しやすさを求めて低馬力のタービン2基2軸搭載としたが、その機関配置だけは在来の日本艦艇とは異なり、「シフト配置方式」を採用し、機関室を前後2室に分け、前室に右舷用「ボイラー+タービン+減速機」、後室に左舷用「ボイラー+タービン+減速機」と交互に配置する形式となった。この部分だけは建造には手間がかかるが、従来の機関配置ならば、どこか一か所に被害を受けると全てがやられて航行不能になる可能性が高いが、この形式では右舷側あるいは左舷側の機関が破壊されても残りの機関で航行が可能で、艦の生存性が高まったという。ちなみに現在の駆逐艦はすべてこの配置になっているようだ。
 
兵装も対空火器として使える「八九式 12.7cm(40口径)高角砲」を採用し、単装砲架を艦首側に、艦尾甲板上には連装砲架を装備し、2基3門を搭載した。また近接対空火力強化のために「九六式 25mm機銃」を12門以上備えることが要求され、本型には3連装4基、単装8基を搭載した。そして、その後も単装機銃を中心に逐次増備された。また、雷装は、最終的には九二式61cm4連装発射管1基と半減された。対潜兵器は、従来艦と同じ九三式聴音機と九三式探信儀だったようだ。
 
艦隊決戦に血道を上げていた帝国海軍が駆逐艦の喪失に苦しんだ末に止むに止まれずに急造した松型だが、昭和19年1月に松が就役以来、太平洋や東シナ海で地味ながら斜陽の帝国海軍を支える活躍をしたようだ。32隻が就役した「松型・改松型」だが艦隊型駆逐艦のような派手さはないものの戦闘の様相に即した実用的な艦で速力が28ノット弱と遅いことと航続距離が短いことを除けば使いやすい艦で立派にその役目を果たしたようだ。
 
「松型」は「陽炎型」「夕雲型」のスマートさもなければ「秋月型」のようなハイテク満載の近代的な造形美もないあまり見栄えのしない艦だが、実戦経験を生かした合理的な性能は地味ながらなかなかいい味を出しており、その実用性、抗堪性と相俟って艦隊決戦の夢から覚めた海軍が開き直って建造した隠れた傑作艦だと思う。個人的には好みの艦で、もしも戦闘に出るのなら従来の艦隊型駆逐艦よりもこの船に乗って出たいと思わせる実用的な艦だろう。
 
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