「向こうも予定があるようだから早く行かないと、さあ。」
 
僕は躊躇うテキエディを追い立てるようにして外に出るとタクシーを拾った。事務所はそれほど遠くないところにあり車はそのビルの前で止まった。僕はテキエディの背中を押すようにして事務所のドアをくぐった。
 
「やあ、お出ましですね。さっそくお話を伺いましょうか。」
 
弁護士は出てくるなり笑顔でそう言った。
 
「お急ぎなんですか、もしも時間がないのならまた出直しますが。」
僕はちょっと気を使ったが、弁護士は手を振って、「時間はいくらでもありますから大丈夫です。」と太鼓判を押してくれた。
 
それで僕は椅子に座り直すと大まかな概略を弁護士に伝えた。弁護士はうんうんとうなずきながら話を聞いていた。そして大方話が終わると「それじゃあ」と言って姿勢を正した。
 
「私の方からいくつかお尋ねしますので正直に話してください。都合の良いことも悪いことも。いいですね。まず、当事者の方にお聞きしますが、相手の方と何かしらの約束事をしていますか、同居だとか結婚だとか。」
 
当たり前のことだが、この種の質問はもう僕には手に負えないのでテキエディにバトンタッチすることにして傍観を決め込んだ。
 
「そんな約束は何もしていません。」
 
テキエディは小さな声でそう答えた。
 
「それじゃあ何か受け取っていますか。高価なもの、貴金属とか有価証券とか、そう言ったもの。」
 
「ちょっとしたアクセサリーとかそんなものはもらったことがあります。あとは食事とか。でも高価なものじゃありません。せいぜい数万程度のものです。それに別れる時にお返ししました。」
 
「旅行とかそういうことは。」
 
「週末に近場に出かけたことはあります。箱根とか伊豆とか。でも数回です。他にはありません。」
 
「分かりました。それで間違いないのならとりあえず相手に連絡を取って止めるように言いましょう。どうせそれではいうことを聞かないでしょうから民事で画像の削除と謝罪、そして慰謝料でも請求してみますか。それでだめなら刑事告訴で脅してみましょうか。ありきたりですけど。大体それで片が付くことが多いので。」
 
「私、慰謝料とかお金なんか要りません。止めてくれればいいんです、写真のこととか、メールや電話とか。」
 
弁護士はちょっと苦笑いとも何とも言えない表情を浮かべた。それはそうだろう。止めてくれればいいと言っても止めないからこんなことになっているんだろうから。
 
「そうですね。止めてくれればいいんです。慰謝料も刑事告訴も止めさせるための方便ですから。告訴しても警察だってこんなことまともに取り上げやしませんよ。相手が恐れ入って止めるのを待つだけです。」
 
「じゃあ、もうけっこうです。自分で何とかしますから。私がまいた種ですから自分で刈ります。」
 
普段はのほほんとしているテキエディが苛立ったように立ち上がった。弁護士は特に驚いた様子もなくテキエディを見上げていた。僕はテキエディを制して座らせようとした。
 
「放っておいてよ。私のことでしょう。あなたたちには関係ないわ。私が自分でしたことなんだから自分で何とかすればいいのよ。もう口出ししないで。」
 
弁護士は逆上するテキエディを特に慌てるでもなく見上げていた。僕は何だか面倒くさくなってきたし腹も立ってきた。これ以上四の五の言うようだったら殴ってやろうかと思っていた。
 
「自分でやるってどうするんですか。自分で何とかならないからこうなっているんでしょう。私たちはね、頭に血が上って冷静な思考ができなくなった人たちを冷静に戻すためにいろいろな方法を考えるんです。
 
これ以上不幸なことにならないように。クライアントのあなただけじゃなく相手も救うためにいろいろと考えて手を打つんです。この先どこまでもエスカレートするかもしれない不幸の連鎖を断つために。
 
人の感情というのは暴走すると手が付けられなくなります。それは報道でもよく目にするからお分かりだと思いますが。脅かすわけではありませんが、本当に何をするか分からないものです。だからそれを冷却するんです。そのためにどうしたらいいのか考えるのが私たちの仕事です。分かってもらえますか。」
 
弁護士は誰に言うでもなく淡々とそう説明をした。僕は前回のことで接触してみてこの弁護士はなかなかの人物で信頼できそうだと思っていたが、このことを聞いてますます信頼を深くした。そしてテキエディに座れと目配せをした。
 
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