「とりあえずは民事でサイトの閉鎖と写真の返還に慰謝料を請求してそれがだめなら刑事訴追すると脅しをかける。そんなところでしょうね。まあそれで引き下がってくれればいいけど。明日でも弁護士に連絡してみるわ。ところであなたメールは保存しておくのよ。削除なんかしてはだめよ。大事な証拠なんだから。いいわね。」
 
テキエディは僕に黙ってうなずいた。そして今日はこの程度で僕たちは部屋へ引き上げた。部屋に戻ると女土方がベッドに腰掛けてぽつりと言った。
 
「私たちの世界でも似たようなことがあるわ。表に出てくることはあまりない代わりにもっと陰湿なこともあるわ。何だろうね、愛って。」
 
女土方はしばらく下を向いて黙っていた。以前に同じようなことに巻き込まれたことがあるのかもしれない。
 
「ねえ、シャワーを使って。私もすぐに行くから。」
 
これは女土方の『抱いてサイン』だった。最近はあまりこれを使うことはなかったのだが、テキエディのことで何かを思い出したんだろう。僕は黙ってうなずくと着替えを出してシャワーに入った。すぐに女土方も来るだろう。
 
女土方は冷静で合理的な女性だが、同時に極めて情緒的で繊細な部分も持ち合わせている。特に別れ話にはとても敏感に反応する。それはビアンという特殊な世界に身を置いて生きてきたからだろうか、パートナーを失うということに異常なくらい敏感に反応するようだ。
 
今の僕にとって彼女はかけがえのないパートナーだが、女土方にとって僕はそれ以上の存在なのだろう。こんな時にと思うかもしれないが、こんな時だからこそ女土方は自分と僕の結びつきを確認したくなったんだろう。
 
そうして僕たちはシャワーを浴びてからそれなりにいろいろとあって今は僕の横で女土方は軽やかな寝息を立てて眠りについている。何があったのか期待する向きもあるだろうが、個人的なことをあれこれ披瀝するのは趣味じゃない。
 
どこにでも転がっているありふれたことなんだから。そうでもないのかもしれないが。まあ、それはともかくとして、そんな女土方の寝顔を見ながら僕は一人でテキエディのことを考えていた。男女の間でこんなことは日常茶飯事のように起こり得ることだ。
 
良きにつけ悪しきにつけ人の情というのはなかなか自分でさえ制御するのは難しい。まして恋愛感情というとこれはもう暴走し始めると手が付けられない。僕も若いころはいろいろと感情がもつれることもあったが、ある年齢に達したころには高揚した感情もそれなりに制御することができるようになった。
 
それは人の感情はなかなかに手強く御しがたい部分があるということを知ったからだろうと思う。要するに感情が高揚してきて自分にとって一定以上の負の影響が出そうになるとバナナの皮でもむくようにつるりと余分な高揚した感情から自分自身が抜け落ちてしまうんだ。
 
だから自分自身が自分の感情を制御できなくなって振り回されることがなくなった。所詮、男と女などどんなにやってみてもどうしても分かり合えない部分があるんだし、波が合わなくなればすっきりと切り捨ててお互いに新しい可能性にかけた方が良いと、そう思うようになった。
 
引きずってみてもだめなものはだめなんだと。以前にそんなことを言ったら、『それはそれなりに女に縁がある男だから言えるんだ』と言われたことがある。自分が他人と比べて女に縁があった方なのか、それは分からないが、それなりに身近に女がいたように思うからそうなのかも知れない。
 
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