「真面目で小心な人だったんでしょう、その相手の人って。これまで仕事と家庭を精一杯守ってきた他には何もない人、そうじゃない。」
 
僕がそう聞くとテキエディは黙って肯いた。
 
「これまで女とはあまり縁もなく女の扱いもあまり知らない人、そういう人が度を越すと本当に難しいのよね。どうしてそんな人を恋愛ごっこに引っ張り込むのよ、あんたみたいな恋多き百戦錬磨だったら危ないのは分かるでしょう、そういう人が本気を越すと。」
 
テキエディはまたすすり泣きを始めた。泣きゃあ良いってものじゃないだろう、こじらかしてどうにもならないような問題を持ち込んで。
 
「その相手の人の家庭はどうなのよ、このことでもめているんじゃないの、その人の家庭も。」
 
テキエディは黙って肯いた。どうせそんなバカまじめな男はまともに奥さんに打ち明けて別れ話でも切り出して家の中は大火事状態なんだろう。
 
「何でも本当に親身になってくれて一生懸命にしてくれるのでいけないと思ったんだけど居心地がよくなって。年も私よりもずっと上で四十歳を超えていたんで大丈夫だろうと思って。」
 
「四十歳くらいが一番危ないのよ、人生先が見えてくるのにこんなはずじゃなかった、まだ何とかなるって思いが強いのよ、その年代は。」
 
「じゃあ、あなたも危ない年代なの、人生こんなはずじゃなかったって。もがいているのかな、日々の生活で。」
 
クレヨンがまたお得意の茶々を入れてきた。僕は男の時から年を数えればもう五十も過ぎているんだよ。この体の持ち主の佐山芳恵の年なら四十歳を過ぎたところだけど。
 
でもそんなことを言ってみても仕方がないのでクレヨンに向かってこぶしを突きだして見せた。そうするとクレヨンは「きゃ」というサルの叫び声をあげて女土方の後ろに隠れた。サルを相手にしていても仕方がないので僕はまたテキエディの方に向き直った。
 
「話し合いの余地はないんでしょう、その相手の男性とは。」
 
テキエディが悪い女とは思わないが、こいつは優柔不断というかどっちつかずというか、悪く言えばいい加減なところがある。本人はそれなりに一生懸命なのかもしれないが、その場の雰囲気で右へ左へと動いて先行きを深く考えていないところがある。
 
だから恋多き女なのかもしれないが、男の方もこれまではそれなりにその場の恋愛を楽しむといったタイプが多かったので大きな問題は起きなかったんだろう。しかし、今度は男の方が大げさに言えば自分の人生をテキエディに託してしまったことが問題を大きくしたのだろう。
 
「もう一度会って話をしたいって言うの。向こうが。」
 
テキエディは小さな声でそう言うと僕の方を物欲しげな顔で見た。要は僕に一緒に行ってくれと言いたいのだろう。
 
「だめよ、相手の人に会うなんて。私は行かせないわ、あなたたちを。」
 
女土方が一言の元に否定した。女土方は戦闘的な僕を行かせたくないのだろう。前回のような格闘戦になると困ると思っているのだろう。でも事ここに至っては相手の男と会っても問題は解決しないどころか、却って問題をこじらせるだけだろう。
 
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