彼女の泣き声はトイレの中に響き渡るほど大きな声だった。僕はもうあっさりと諦めてトイレから出たが、彼女の声は廊下まで響き渡っていて人が部屋から出てこっちを見ていた。どうもやばくなってきたので僕は部屋に取って返すと女土方に助けを求めた。
 
「そう、じゃあ、どうしようもないわね。そっとしておきましょう。」

女土方はこんな時の女の気持ちが分かっているようであっけらかんとした風情でそう言った。同じ女同士、こんな時の女の気持ちはよく分かるようだ。なんだ、そんなことなら初めから女土方に任せればよかった。
 
しばらく響いていた泣き声が止むと女土方は席を立って出て行った。そしてしばらくするとテキストエディターのお姉さんの肩を抱きながら部屋に戻って来た。テキストエディターのお姉さんは自分の席についても手で顔を覆って肩を震わせていた。女土方は彼女の耳元で何かを囁くと背中をそっと撫でてやって彼女のそばを離れた。
 
そこに北の政所様が顔を出した。泣き声が聞こえたのか廊下の騒がしさをいぶかったのだろう。
 
「どうしたの、何かあったの。」

けげんな表情の北の政所様にまたも女土方が立ち上がって小声で何か囁いた。
 
「あら、なんだ、そうなの。じゃあ、お願いしますね。」

北の政所様も女土方の説明であっさりと引き下がった。男の僕には何が何だかちんぷんかんぷんだが、この辺りの事情は女ならすぐに納得できるような理由があるのかもしれない。
 
しばらくすると女土方がテキストエディターのお姉さんの背中を抱くようにして部屋を出て行った。どこかで何があったのか話を聞くのだろう。こういうことは本物の女に任せておいた方がいいと僕はあまり関わらないことにした。
 
「ねえ、何があったの。彼女、どうしたの。」

こういうことには目ざとく興味を示すクレヨンが僕に聞いたが、僕もさっぱり事情が分からないので放っておくことにした。
 
「ねえ、どうしたの。何があったのよ。」

なおも食い下がってくるクレヨンだったが、僕にも何とも答えようがなかった。
 
「知らないわ。あれだけ泣くんだからそれなりのことがあったんでしょうけど、私は何も聞いていないわ。」
 
「相当に複雑な事情があるみたいね。子供ができちゃって捨てられたとか。エディのお姉さん、恋多き女だから。」
 
このサルは最近生意気に他人のことをあれこれ言うが、ついこの間まで自分も手当たり次第だったろう。よくもそんな偉そうな口が聞けたものだ。
 
「主任が対応しているんだからあんたはそんなこと気を回さなくてもいいの。よけいなことを考えないでとっとと仕事を片付けなさいよ。」
 
「そんなこと言っても心配なのよ。困っているなら何かしてあげたいの。」
 
その考えは殊勝かも知れないが、このサルの場合、『バカの考え、休むに似たり。』ということわざに極めて近いからこの際休んでいた方がまだマシなのかも知れない。
 
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