「ちょっとシャワーを使ってくるわ。」
女土方はベッドから起き上がってシャワー室に入って行った。それと入れ替わりにクレヨンが入って来た。
 
 「ねえ、こっちにいてもいい。何だか怖くて。あなたが刺されたことを思うと怖くて一人でいられないの。」
身支度は整えていたけれど、このサルはどうしてこういう時に入ってくるのだろう。
 
  枕を抱えているところを見るとどうもこっちに寝るつもりらしい。もう欲望は収まっているのでいいのだが、さっきの状態ならこのサルでも餌食にしていたかもしれない。男の性としてやむを得ないところもあるが、本当に我ながら節操がないと大いに反省した。
 
 「どうしたのよ、あんたは。枕なんて抱えて。子供じゃないんだから一人で寝なさいよ。」
 「だって、もしもあなたが刺されて死んじゃったらどうしようと思うと怖くて怖くてどうしようもなくなって。良かったわ、何ともなくて。」
 
 死ななかったことは確かだが、何ともなくもないんだけど、やったことの結果としては、まあかすり傷ということでいいのかもしれない。こいつもそれなりに心配していてくれたんだろう。
 
 「あんたね、人を勝手に殺すんじゃないの。そんなに簡単に殺されてたまるもんですか。ここで寝たければ床にでも寝たら。」
 僕はこのサルにも心配をかけたことをちょっと申し訳なく思ったが、あまりそんな態度を見せるとまたつけ上がるのでわざとぶっきらぼうに答えてやった。
 
 「床でもいいわ。じゃあ毛布を持ってくるから。」
サルが立ち上がろうとするとシャワー室から女土方が出てきた。
 「そんなに邪険にしてはだめ。この子もあなたのことをずい分と心配していたのよ。良いわよ、こっちで休みなさい。」
 
 女土方のお墨付きでは僕には何とも言いようがない。もっとも僕にしてみればちょっとうるさいことさえ我慢すればこいつがここで寝ることには何の問題もないのだが、ちょっと女土方に気をつかっているだけだった。女土方のお墨付きを得たクレヨンは急に勢いづいて僕のベットに倒れ込んだ。
 
「ここで寝てもいいかな。」
クレヨンはベッドで飛び跳ねながらバカみたいな上っ調子の声を上げた。『お前な、そんなにはしゃいでいると思い切り弄んでやるぞ』僕は口には出せないので心の中でそう言ってやったが、女土方がいては何ともしがたいのでサルのように跳ね回るクレヨンを見つめていた。
 
「私は一人で寝るの。」
女土方がちょっといたずらっぽい笑顔を浮かべて言った。
「うーん、じゃあ三人で一緒に寝よう。」
本気とも冗談とも取れる女土方の物言いにクレヨンがちょっと困った顔をして答えた。
 
 「彼女は怪我しているから一人でゆっくり寝かせてあげよう。今夜、あなたは私と一緒よ、いいわね。」
女土方に言われてクレヨンは黙ってうなずくと枕を抱えて女土方のベッドに移った。こいつが来なければ女土方ともう一度くらいできたかもしれないのに本当に邪魔なやつだ。
 
「ああ、疲れた。そろそろ寝るわ。あんたは静かにしていなさいよ、いいわね。」
僕はクレヨンにそう言うとベッドにごろりと横になった。今日は確かにいろいろなことがあり過ぎた。横になると切られた腕と足に鈍痛が戻って来た。特に傷の深い脚にはかなり強い痛みが規則正しく押し寄せてきた。
 
『傷が痛む時はためらわずにどんどん使ってください。』
医者にそう言われて鎮痛剤を処方されたが、特に使ってはいなかった。でも安眠のために使うことにしてベッドから起き上がった。経口と座薬の二種類を処方されていたが、両方使うことにして薬を手にすると洗面所に入った。
 
日本ブログ村へ(↓)