110番通報をするとあれこれ聞かれたので「刃物で脅されて乱暴されそうになった。」とだけ伝えてここの住所と携帯の番号を伝えようとしたら携帯の番号は向こうに表示されているらしく逆に確認されてしまった。
犯人はどうしたかと聞くので、「手足を縛って転がしてある。」と言ったら、「どういうことか」と何度も確認されてしまった。仕方がないので、「来て見てもらえば分かります。」と言っておいた。最後に「怪我はないか」と聞くので、「手足を切られて出血がひどい」というと驚いたようで、「すぐに救急車を派遣してもらいます」と言って一旦電話が切れた。
電話が切れると間もなくサイレンの音が近づいてきてこのマンションの前で止まった。それも一台ではなくて数台のようだった。そしてすぐにドアをノックしてこの家の主の名前を呼ぶ声が聞こえた。僕は足を引きずりながらゆっくりと玄関まで行ってドアを開けた。外には数人の警察官が立っていたが、僕の姿を見て息を呑むように一歩引いた。どうも腕からもかなり出血していて全身血だらけだったようだ。
「大丈夫ですか。おい、救急車はまだか。」
一人の警察官が後ろを振り返った。
「そんなに驚かなくても大丈夫です。大したことはありませんから。」
「犯人はどこですか」
「奥に転がっています。」
制服の警察官が中に入ろうとすると後ろから私服の刑事が「むやみに入って現場を荒らすなよ。」と声をかけた。
「誰か助けてください。この縄を解いてください。」
奥の方から奴の叫ぶ声が聞こえた。その声で先頭の警察官が中に入ったが、手足を縛られて転がされている奴を見つけてまた混乱したようだった。
奴は、「助けてくれ、早くあの女を捕まえてくれ」と盛大に叫んでいた。確かに普通の状態とは違うんだろう。被害者という女は血だらけだが、平然として対応している。犯人という男は手足を固縛されて床に転がされている。これじゃあ警察も混乱するだろう。
「あの人に確かめたいことがあってここに来たらナイフで脅されて怪我をさせられたのでやむを得ずに反撃しました。事情は会社の弁護士が警察署に伺って話します。また、この人との間に何があったのかは御殿山警察署の方がよく知っていますから確認してください。
この人はうちの会社のトイレを盗撮してその写真をネットに流した人です。私はそれを直接確認しに来たんです。この人に。そうしたらナイフを突きつけられてめちゃめちゃにしてやると脅されたのでちょっと反撃しました。ナイフはそこです。私の血が付いているはずです。」
警察官は奴の手足を縛ってあるテープを解いて立たせていた。そこに「おい、救急が来たぞ」と呼ぶ声がして救急隊が顔を出した。
「怪我をされた方は、」
そう言ってから僕を見て、「おい、ストレッチャー」と言い直した。
「大丈夫です。歩けますから。」
僕はそう言って外に出た。
「大丈夫ですか、無理をしないで。」
救急隊員は僕を押しとどめて支えようとしたが、僕は彼らの腕を押しのけてエレベーターの方へと歩いて行った。
救急車の中で救急士が傷を見て止血をしてくれた。止血処置のために自分で縛ったガムテープとタオルを外すとまた血が流れ出してきた。
「足の傷はかなり深いですね。気分は悪くないですか。」
救急士が聞いたが、僕は特に変わったことはなかったので「大丈夫です。」と答えた。切れたというよりも刺さったナイフが足を切り裂いたようだった。救急車はサイレンを鳴らしながら夕方の街を走り抜けて病院へと滑り込んだ。
救急車から歩いて降りようとすると「出血がひどくなるから歩かない方がいい」と言われた。まあ大丈夫だろうと思って車を降りたが、そこで「さあ、乗って」と促されてストレッチャーに乗せられてしまった。
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