やつは「うー」とか言いながら薄目をあけて起き上がろうとして、床を転げ回った。それはそうだろう。手足を縛られていて簡単に起き上がれたらその芸で飯が食えるかも知れない。
「何なんだ、これは。一体何なんだ。」
何なんだって、お前が僕をナイフで脅すから、そう言う目に遭うんだろう。自業自得と言うことだ。
「解け、このテープをすぐに解け。」
奴はさらにわめき立てたが、僕は構わずに放っておいた。そして僕を守ってくれた折り畳みの小さな椅子に腰を下ろすとタバコを一服つけた。足は祭りの太鼓の音みたいにどんどこどんどこと痛みが押し寄せて来た。
「そんなところで何を落ち着いているんだ。早く解け。今なら警察に訴えたりしないで穏便に済ませてやるぞ。早くしろ。」
こいつには一体現状認識能力というものがあるのだろうか。誰のせいでこんなことになっていると思っているんだろうか。何だか無性に腹が立ってきたのでタバコを消すと台所に行って包丁を持って来た。そしてその包丁を持って奴のそばに行くと胸倉をつかんで引き起こした。
「なめた口を聞くんじゃねえよ、あんちゃん。誰のせいでこんなことになっているのか分かって言っているのか。さっき刃物を向けて俺に言ったことをもう一度言ってみろよ。立場が逆になれば被害者面をするのか。何ならお前のろくでもねえしろものをこの包丁で皮むいて輪切りにしてやってもいいんだぞ。」
こっちも足に深手を負ってちょっと興奮しているので完全に男に戻っていた。そして包丁の背で奴の股座を何回か軽く叩いてやった。
「や、やめてください。危ないじゃないですか。そんなことをすると本当に警察に訴えますよ。」
奴は半泣きで悲鳴を上げた。こんな野郎をからかっていても仕方がないのでこの事態を収拾することにした。移動する時に奴の顔を跨いだら足から血が流れ落ちて奴の顔にかかった。そうしたらまた盛大な悲鳴を上げていた。何て野郎だ。血が顔にかかったくらいで何だと言うんだ。その血は何が原因でどこから出ていると思っているんだ。
僕はバッグから携帯を取り出すとまず弁護士に電話を入れて今の状況を大筋説明した。弁護士は「すぐに110番をしろ」と言ったが、そんなことは何も弁護士に言われなくても分かっている。
「分かりました。これから警察に連絡をしますから取りあえず社長にも知らせて、それから警察まで来てくれませんか。ちょっと手がかかりそうなので。」
警察に連絡をすれば当然のことどうしてこうなったのかを聞かれるだろうが、いろいろと込み入った事情があるので、弁護士に来てもらった方が話が早いと思った。
「分かりました。そこの住所なら管轄は、」
弁護士は住所を聞いてすぐに警察署の名前を挙げた。やはり餅屋は餅屋だ。
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