奴はオートロックのドアについたキーボードに暗証番号を打ち込んで開けると「どうぞ」と手招きをした。僕は奴の後について行った。エレベーターで五階に上がると外廊下を通って奴の部屋に行った。中に入る前にちょっと考えたが、何とかなるだろうと招かれるままに部屋に入った。そうでもしないとこのことに決着がつけられないという思いの方が強かった。
部屋はワンルームだったが、比較的広くてきちんと片付いていた。もっともベッドと本棚とそしてパソコンが三台あるだけで他にはこれと言ったものは何もなかったが。
「殺風景な部屋ですみません。どうぞ、かけてください。」
奴はそう言うとディスカウントショップで千円程度で売られている折り畳みの丸椅子を勧めた。この時はこの安っぽい椅子が後で僕の命を救うことになるとはさすがに思いも寄らなかった。
僕が椅子に腰を下ろすと奴は「何もお構いもできませんけど。」と言いながらグラスにお茶を注いで手渡してくれた。僕は「すみません」と言ったままグラスを手に受け取ったが、飲もうと言う気にはならなかった。
「わざわざ僕に聞きたいことってどんなことですか。人様に教えられるようなことは何もありませんが。」
奴はパソコンが置かれた幅広の机の前にあるヘッドレストのついた立派な椅子に腰を下ろした。
こんなに良く出来た立派な椅子を備えていると言うことは家に帰ればほとんどここで卑劣な画像をいじっているのだろうと言ったらうがった見方だろうか。
「実はこの間私の会社でネット配線をやり直した後にある事件がありました。女子トイレにCCDカメラが置かれていたのです。そしてその後トイレを使っている女子社員の画像がネット上に流出しました。
それで精神的に大きな痛手を被って未だに回復していない女性もいます。私もその被害者の一人です。だからどうしてそんなことが起こったのか知りたくて弁護士さんや警察に頼んでいろいろ調べてもらいました。そうして調べてもらった結果、私が至った結論はそれが出来たのはあなたしかいないと言うことです。ですから事実を知りたくてここに来ました。」
奴は僕の方を向き直った。その時、にやりと不気味に笑った。証拠があるなら見せてみろとでも言いたそうな勝ち誇った薄笑いだった。
「あなたは僕がそれをやったと言うんですか。何か僕が犯人だと言う証拠でもあるんですか。いい加減な当て推量なら名誉毀損であなたを訴えることも出来るんですよ。それなりの証明をお持ちなんでしょうね、僕が犯人だという証明を。」
『そんな証明があれば今ここにいるのは僕じゃなくて警察だろうが、このバカが。いい加減に神妙に縛に着け。畏れながらと正直に白状すればお上にも御慈悲はあるぞ。』
僕は心の中でそう言ってやったが、実際は何も証拠はないのでいくら何でも神妙にはならないだろう。僕だってこの程度では神妙にはならないだろうから。
「証拠はありません。でも、あなたしかあんなことが出来る人はいません。それが私の考え抜いた結論です。だからそれを確認するために来たんです。CCDカメラを使って撮影した画像を無線でサーバーに一時的に保存してそれをうちのネット回線を使ってどこかに送っている。
工事の責任者としてどこでも出入りできる人はあなたしかいません。それから撮影した画像をアップしていたサイト、あの中のいくつかはあなたの会社が回線工事を担当していますよね。」
奴の会社が関係している工事なんて調べたわけじゃない。その場の出まかせだった。それを言ったらどんな反応をするかを見てみたかった。
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