別に現場を押さえてやろうとかそんなことを具体的に考えていたわけでもなかったが、僕は付かず離れずに奴の後をついて行った。奴は駅でも階段の付近をうろついていたが、しばらくすると改札を入って行った。どこまで行くのかと思い、僕も改札を入って奴と同じホームで電車を待った。こんな時にはICカードは便利だ。どこまで行っても清算なしでついて行ける。
 
電車は間もなくホームに入って来た。奴はそれに乗り込むと多摩川の手前のある駅で電車を降りた。駅を出ると駅の正面のあるスーパーに立寄ったが、あまりくっついているとばれるといけないので僕は外で奴が出てくるのを待った。
 
奴はほどなく買い物袋を下げて出てきた。大方、晩飯でも買ったんだろう。そして商店街を抜けて歩いて行った。そして駅から十分ほど歩いたところにある単身者用と思しきマンションに入って行った。僕は駆け出した。オートロックのマンションに入られたらお手上げだと思ったからだ。
 
こういう時は自分が女の体で生きているということを忘れている。そうでなければこんなことはしないだろう。そしてマンションの郵便受けを探っている奴に声をかけた。
 
「失礼ですが、ちょっとお聞きしたいことが。」
僕が声をかけると奴は驚いたように振り返った。そしてまじまじと僕を見つめた。
 
「あれ、あなたはあの語学教材の会社の方ですよね。あの時はいろいろお世話になりました。今日はどうしたんですか、こんなところに。」
奴は穏やかで丁寧な物言いで僕にそう尋ねた。
 
「さっき、駅でお見かけしたものですから。ちょうどあなたに聞きたいことがあったので声をかけようと思ったのですが、あなたの足が速くて。」
 
僕は口から出まかせを言った。まさか東京から後をつけて来たとは言えなかったので、適当なことを答えておいた。
 
「え、僕に聞きたいことですか。一体どんなことですか。もしも良かったらちょっと寄って行きませんか。狭いアパートで散らかっていますけど。」
 
「ご迷惑でなければ。」
僕が立寄ることを承諾すると一瞬奴が不気味に笑ったように見えた。カモがネギを背負って来たとでも思ったのだろうか。舌なめずりをするような笑い方だった。
 
この時、僕は自分が女として生きていることを全く忘れていた。普通の女は間違ってもこんなことはしないだろう。変態の根城に飛び込んで行こうというのだから何をされるか分かったものではない。場合によっては弄ばれて殺されるかも知れないのだ。
 
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