僕はそのままダイニングに行くとコーヒーメーカーを出してコーヒーを入れ始めた。クレヨンは相変わらず何もしないでぼぉっと椅子に座り込んでいた。

お手伝いは女土方の食事の準備をしていたが、豪華な器に盛られたカレーセットという風情の食事が出されるのは分かりきっていた。この人の実家は何処かの町の定食屋さんだったのだろうか。

まあ味は悪くないし、作ってくれるんだから文句も言えないのはもちろんだが。

間もなく着替えを終えた女土方が降りてきた。そこにすかさずカレー本体が出された。小皿に盛られたクレヨンの分も本人の前に置かれた。クレヨンは出されるが早いかカレーに食らいついた。

「ねえ、私にもコーヒーをくれない。」
カップにコーヒーを注ごうとしていた僕に女土方が声をかけた。

「分かっているわ、はい、これ。」
僕はコーヒーを女土方に差し出した。

「私もコーヒー」
皿に顔を伏せていたクレヨンががばっと顔を上げるとコーヒーを要求した。

コーヒーを要求するなんて生意気なクレヨンだ。頭からかけてやろうかと思ったが、かわいそうだから黙ってカップに注いで渡してやった。

「何時も良い味ね、ここのカレーは。私には感動ものよ。でも、本当にお手伝いさんて大変よね。時間は不規則だし、休みもなかなか取れないようだし。私みたいな不精者は感心してしまうわ。」

どういうわけか家事だけは不得手の女土方がつくづくとそう言った。確かにそうかも知れない。この家の不規則な家人たちに合わせて生活を仕切るというのだから。

でもこの家の自動化の進展具合は並外れているし、昼間はほとんど何もないも同然なので案外楽なのかも知れない。それに食住はただだし給料もずい分良いようだから。

「確かに他人の生活の面倒を見るのは大変よね、時間も相手次第だし。」
僕はあまりに感心している女土方に適当に話を合わせて答えた。

仕事なんてどれもそれなりに苦労はあるし、そう楽しいこともないだろう。張り合いとか達成感とかそういうものを別にすれば苦しいのはどれも似たようなものだろう。

基本的にいい加減自由人の僕のような人間には組織に拘束されるのが最も苦手なのだが、今の状況は選択の余地がなかったのだから仕方がないだろう。

僕がそんな他愛もないことを考えながらコーヒーを飲んでいるうちに女土方は食事を終えて食器を台所に下げに行った。

クレヨンは食い散らかした食器を片付けようともしないでテレビのバラエティか何かを熱心に見入っては時々サルのような奇声を発していた。平たく言えばばか声を出して笑っていたのだが。

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