「それで『事業に失敗して借金を作ってしまった。今すぐに返さないと逮捕される。何とか金が用意出来ないか。人をやるから渡して欲しい』ってそんなところでしょう。」
クレヨンはまた大きく頷いた。

「あんたねえ、自分の父親が何をしているか分かっていないの。あんたのお父さんが事業に失敗したら、その穴埋めに五百万円てことはないでしょう。五千億円とか五兆円とか言うなら分かるけど。いくら何でもそのくらいのことは理解していなさいよ。」

「だって事業に失敗したから金がないと警察に逮捕されるなんて泣きながら言うんだもの。本当かと思うじゃない。」

「それでと、どうしろって言っていたの。電話の向こうのお父さんは。落ち着いて言うのよ、大体あんたは普段から人並み以下の落ち着きしかないんだからね。」

「人をやるから金を渡して欲しいと言っていたわ。また電話をするからと。」
「また電話すると言ったのね。じゃあ電話を待てば良いわ。ところで言っておくけどあんたももう少しは自分の父親の立場を理解しておきなさいよ。あんたのお父さんの唯一の弱点はあんたが娘だということだけど、あんたの唯一の長所はあんたにあの父親がいるってことなのよ。」

「ねえ、ちょっと良いかな。あのね、五百万円が大きなお金ってことは良く分かるんだけど五兆円はそれよりも高額なのよね。でもどのくらい高額なのか何となくぴんと来ないのよね。」
「五円と五十万円、良いかな、五百万円を五円だとすると五兆円は五百万円よ。分かった。」
「ふうん、五百万円くらいなものなの。大したことはないお金なのね。」

これは僕の例えが悪かった。こんなサルに等比級数なんて高等なことを話しても理解のしようもないだろう。

「あのね、あんたのところのメルセデスが五十万台くらい買えるの。もっと分かり易く言えばトヨタ自動車の年間生産台数の五分の一か六分の一くらいの自動車を買い占めることが出来るのよ。」
「ふうん、それってすごいんだろうな。」
クレヨンは全く呆けたような顔つきで呟いた。やはりこれも例えが悪かった。

「あのね、あんたの好きな高級エステに毎日通っても27万3,973年も通えるお金なのよ。これで分かったでしょう。」
「へえー、あのエステに28万年も毎日通えるのね、そりゃすごいお金だこと。そうしたら私もきっときれいになっているでしょうねえ。」

クレヨンは五兆円が大金であるということがやっと分かったようだが、それよりも二十八万年も高級エステに通い続けてきれいになった自分の姿を夢見てうっとりとしているようだった。その頃には二一世紀初頭の地層から発見された類人猿に極めて類似した特長を持つ霊長類の化石とか言ってこいつの頭蓋骨が博物館にでも飾ってあるだろう。

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