そんなある日、僕は仕事を終えてクレヨンを連れて今は自宅となっている金融王の大邸宅に帰った。女土方は経理関係の打ち合わせが長引きそうだと言うことで僕らは一足先に引き上げたのだった。
「もしも遅くなりそうなら車で迎えに行くので連絡して。」

僕は女土方にそう言っておいたので普段着には着替えたが、風呂は控えて連絡を待っていた。
「大変よ、大変。お父さんが大変なの。どうすれば良いの。」
こいつは元々性根がけたたましいが今日はどうも度を越しているようでとても人間業とは思えない。寝込みを襲われたサルのようだ。

「お父さんが、お父さんが大変なのよ。お金を払わないとお父さんが大変なのよ。」
寝込みを襲われたサルは僕の部屋に飛び込んで来てきいきい悲鳴を上げて大騒ぎをしているので一つ頭を叩いてから椅子に座らせた。

「あんたねえ、お父さんが大変だって何を騒いでいるのよ。あんたのお父さんがどうしたって。あんたが騒いでもどうにもなるわけがないでしょう。あんたのお父さんの周りには雲霞のごとくたくさん優秀なブレインがついているんだからあんたが騒ぐことはないでしょう。一体どうしたのよ。訳を言ってごらんなさい。」

 サルはハアハアと肩で息をしながら口をパクパクさせるだけで声にならない様子だった。仕方がないので僕はもう一つサルの頭を叩いてやった。

「酸欠の鯉じゃないんだから口をパクパクさせていないでちゃんと話しなさいな。」
「何でそんなにポンポン叩くのよ、ひどいじゃない、この暴力女。」
クレヨンはむっとした顔で僕を見上げて文句を言ったので、「あんたが落ち着いて話が出来ないから落ち着かせようとしているのよ。」と言い返してやった。

「それであなたのお父さんがどうしたって。何が大変なのよ。」
「そうなの、お父さんがね、お父さんが事業で失敗して借金を作ったって。すぐにお金を届けないと逮捕されるって。」

 このサルの公式な父親と言えば金融王だろうけどそれが事業に失敗したと言うと、場合によってはこの国の経済が傾くことになる。そうなるとニュースでも大きく取り上げられるだろうがネットのニュースにも特に何も出てはいなかったようだしどういうことなのだろう。

「事業に失敗したってどういうことなの。借金くらいしても別に逮捕されることもないでしょう。大体あなたのお父さんが事業に失敗したとしたら今頃は日本中が大騒ぎだろうけど特に何もないんじゃないの。何と言っていたの。」

「今すぐに五百万円を届けて欲しいって。借金を返さないといけないから。そう言っていたわ。返さないと逮捕されるって。だから早くお金を用意して。お金を貸してよ、五百万円。ねえ、何とかしてよ。」

「何言ってんの、本当に五百万円と言ったの。あんたのお父さんは町工場の経営者じゃないのよ。あんたのお父さんが事業に失敗したらこの国の経済が崩壊するかも知れないのよ。五兆円なら分かるけど五百万円ってそれ何よ、何と言ったのよ、お父さんは。」

 クレヨンはほとんど混乱の極にあるようでパラパラと点在する脳細胞が明滅でもしているのかただ口をパクパクさせるだけで全く言葉が口から出てこないようだった。
「ねえ、まさか電話の相手は『俺だ、俺だけど』とか言わなかった。」
クレヨンは僕の言葉に大きく頷いた。

「あんた、『お父さんなの、お父さんでしょう。』とか言ったでしょう。」
クレヨンはまた大きく頷いた。これで大方読めて来た。どうもこれは今世間を騒がせている振り込め詐欺だろう。クレヨンはそれにうまうまと引っかかったようだ。

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