あれから数年が過ぎた。僕は相変わらず佐山芳恵のまま生活を続けている。女としての生活にはかなり慣れて来たが、時々本来の佐山芳恵の残照のようなものが顔を出すことがある。それは本来女として組み上げられた本能のようなものなのかも知れない。

例えば緊張が緩んだ時に不覚にも涙が流れてしまうとか、辛い時に誰かに寄りかかろうとすることなどそういうことは男の時には全くなかったことだった。でもそのくらいのことをした方が女として生きるにはかわいいのだろうし生き易いのかもしれない。

つまり何時までもかわいい女でありたい、そして自分を守るべき相手をそばに置いておきたいという女の自己防衛本能のようなものなのだろう。しかし齢はそろそろ四十の大台に近づこうとしている。元々男の思考回路しか有していない僕にはその四十という年齢を特に劇的なものとは捉えていないのだが、女にとっては、それはそれは大変なものらしい。

いくら何でもかわいい女などと夢見る少女のようなことは言っていられない。まず何と言っても体型がかなり崩壊して来る。三十代までは部分的な崩壊はあっても全面的地滑り的な崩壊には至らないが、さすがに四十代にも突入するとそれは全身に広がって覆い隠しようもない。しかしこれは人によって個人差があることだし、今はいろいろと若作りも発達していることなので人前で地肌を見せない限り何とか覆い隠すことが出来ないわけでもない。

この地滑り的な崩壊を食い止める手段でもっとも有効なものは体を動かすことなのだろうが、相応の年になって来ると、毎日定期的に体を動かすと言うことが、何とも億劫になって、そのくせ食うだけ食ってもゴロゴロと動かないのでもう十分というくらい有り余っている脂肪の上にさらに余分な脂肪は着くし、それが重力の法則に従って下垂するし、もうほとんど手の施しようがないという結果になる。これは見てくれだけでなくメタボリック症候群などと言われて健康にも真によろしくないようだ。

ずっと以前に僕が筋トレを始めたと話したことがあるが、そしてそれはあの忌まわしき営業君事件でさらに加速された。女も時と場合によっては自存自衛のために武力、この場合は当然刃物や飛び道具ではなく筋力のことなのだが、相応の力を身に付けないといけないのだと思うようになった。そんな時格好のプログラムが世に出された。かの一世を風靡したビリー軍曹のブートキャンプだった。最初は面白半分でDVDを買ってみたのだが、これがきついの何の背骨が砕けて腰が抜けそうだった。

それでもめげずにこれもそれとなく興味を示した女土方やもう最初から逃げ腰のクレヨンの首っ玉を押さえて引きずり込んでやらせては見たが、クレヨンなどは五分も持たずに這いずって逃げて行くあり様、女土方もさすがに最後まで完遂することは出来ず結局ほとんど日課のように続けているのは僕だけになってしまった。

しかしそのためか体脂肪率などは十五%を下回るまでに体を絞り込みしかも肩の筋肉は盛り上がり腕には力瘤隆々、腹筋は鉄筋ブロックという状態になってしまった。周囲はそんな僕を見ては羨望とも憐憫とも判断のつかないため息を漏らし、女土方などはそんな僕を見ては「性格だけじゃなくて体つきも男のようになって行くのねえ。」などとため息半分に言ったりするが、やはり女と言っても場合によっては力も必要だというのが僕流の考え方だった。

日本ブログ村へ(↓)

https://novel.blogmura.com/novel_long/