自民党・古賀選挙対策委員長は23日午後、宮崎県庁で東国原県知事と会談し、次期衆議院選挙での自民党からの出馬を要請した。東国原知事は条件として
○ 全国知事会がまとめた地方分権に関する提案書を一言一句変えずに自民党のマニフェストに盛り込むこと
○ 自らを自民党総裁にすること
などを提示した。
会談終了後、2人は記者団に対し、次のように述べた。
古賀選対委員長:「私の方からはズバリ、自民党からの(次期衆院選への)出馬を要請しました。東国原知事の誠実な情熱と、何と言っても、今の自民党にはない新しいエネルギーを率直に言ってほしいと」
東国原知事:「私が次期総裁候補として次の選挙を自民党さんは戦いになる覚悟はあるかと聞いた生意気で申し訳ないが、自民党がどう変わるか変革するか、一番大切な時期だと思う。この国が変わるか変わらないか、ある意味、千載一遇のチャンス」
この国の政治、特に国政は一体どうなっているんだろう。別に能力があれば誰が総理になっても良いのだろうけど、人気と能力は異なるのではないだろうか。また、地方行政と国政は根本的に異なるだろう。頼む方も頼む方だが、総裁候補と言う方も言う方だろう。
憲政の常道として国民の信を失ったら下野して捲土重来を期せば良い。そうなった原因を分析して新たな政策を掲げて国民の信を問うべきだろう。戦後の自民党政治にはとかくの批判はあるが、少なくともこの日本を、戦争で焦土と化した日本を世界第二位の経済大国まで回復させた。その功績は誰もが認めるところだろう。
政治には影もあれば日向もある。何事もすべてが良くなるわけでもない。一つの国にも良い面もあれば悪い面もある。自民党政治にもそれはあったし、別の政権に変わっても全てが良くなるということはないだろう。しかし、タレントの人気投票でもないのだから人気があれば良い、目を向けてくれれば良いと言うものでもないだろう。
何だかこの国の政治家達は政権欲しさに皆目が眩んでものが見えなくなっているのではないだろうか。やり繰り算段で20兆円も夢物語だろうが、そうでもしてバラ撒きでもしないと超他力本願の国民が良い顔をしないから、人気タレント議員でも据えないと政権の座から滑り落ちそうだから、大体この国は政治家達の自己満足を充足させる道具ではないだろう。
今回の選挙でどちらが政権を取るのかそれは未だ分からないが、少なくともこの国を一体どんな国にして次の世代に引き継いで行こうと言うのか、せめてそのくらいは具体的に明らかにしてもらいたいように思う。我々は本当にこの国を胸を張って次の世代に受け渡すことが出来るのだろうか。政治家諸氏だけでなく我々一人一人が本当に真剣に考える必要があるのではないだろうか。これをただにします、これを援助します、負担は増やしませんと言ってやり繰りで20兆円も金が出て来るのならいくら能無しだったとしても現行政府もそのくらいのことはしているだろう。
国家と国民は運命共同体だ。国が崩壊すれば国民も全ての拠り所を失ってしまう。どういう国にして行こうと言うのか、そのためにはどの程度の負担が必要なのか、そういうことを明らかにして信を問うべきではないのか。納得の行くものであれば国民も負担に応じるだろう。
本来国政に携わる政治家は高度に専門的な知識とを持った専門職であるべきで国家の要である内閣総理大臣のポストもそこそこ健康な成人を据えれば何とか勤まってしまうのではないかと思わせるようではそれこそ困ったことだ。
『もしも時代が俺達を爆弾や砲弾の代わりとして必要としているのならそれは随分過酷な運命だが、それもこの時代を生きる者に課せられた義務なのかも知れない。しかしな、俺達はただの鉄や火薬の塊ではない。自分達が直面しているこの運命を考えて何かを残すことは出来るはずだ。どうしてこの国は国民に爆弾や砲弾の代わりとなることを要求するまで追い詰められてしまったのか。そこに至った過程を考えて後の世代に残すことは出来る。二度とこんな過酷な運命を国民に押し付けることのないように。そのためにはどうすべきだったのか。』
この国の国民はちょっと創造性に欠け、他力本願なところはあるが、誠実でそれなりに優秀な国民だからきちんと説明すればそれがこの国にとって正しいことかどうかをきっと理解するはずだ。政治かも国民もお互いに何をすべきなのかそれを良く考えるべきだろう。なんだかこのままでは戦災よりもひどい亡国になりそうな気がしてならない。
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○ 全国知事会がまとめた地方分権に関する提案書を一言一句変えずに自民党のマニフェストに盛り込むこと
○ 自らを自民党総裁にすること
などを提示した。
会談終了後、2人は記者団に対し、次のように述べた。
古賀選対委員長:「私の方からはズバリ、自民党からの(次期衆院選への)出馬を要請しました。東国原知事の誠実な情熱と、何と言っても、今の自民党にはない新しいエネルギーを率直に言ってほしいと」
東国原知事:「私が次期総裁候補として次の選挙を自民党さんは戦いになる覚悟はあるかと聞いた生意気で申し訳ないが、自民党がどう変わるか変革するか、一番大切な時期だと思う。この国が変わるか変わらないか、ある意味、千載一遇のチャンス」
この国の政治、特に国政は一体どうなっているんだろう。別に能力があれば誰が総理になっても良いのだろうけど、人気と能力は異なるのではないだろうか。また、地方行政と国政は根本的に異なるだろう。頼む方も頼む方だが、総裁候補と言う方も言う方だろう。
憲政の常道として国民の信を失ったら下野して捲土重来を期せば良い。そうなった原因を分析して新たな政策を掲げて国民の信を問うべきだろう。戦後の自民党政治にはとかくの批判はあるが、少なくともこの日本を、戦争で焦土と化した日本を世界第二位の経済大国まで回復させた。その功績は誰もが認めるところだろう。
政治には影もあれば日向もある。何事もすべてが良くなるわけでもない。一つの国にも良い面もあれば悪い面もある。自民党政治にもそれはあったし、別の政権に変わっても全てが良くなるということはないだろう。しかし、タレントの人気投票でもないのだから人気があれば良い、目を向けてくれれば良いと言うものでもないだろう。
何だかこの国の政治家達は政権欲しさに皆目が眩んでものが見えなくなっているのではないだろうか。やり繰り算段で20兆円も夢物語だろうが、そうでもしてバラ撒きでもしないと超他力本願の国民が良い顔をしないから、人気タレント議員でも据えないと政権の座から滑り落ちそうだから、大体この国は政治家達の自己満足を充足させる道具ではないだろう。
今回の選挙でどちらが政権を取るのかそれは未だ分からないが、少なくともこの国を一体どんな国にして次の世代に引き継いで行こうと言うのか、せめてそのくらいは具体的に明らかにしてもらいたいように思う。我々は本当にこの国を胸を張って次の世代に受け渡すことが出来るのだろうか。政治家諸氏だけでなく我々一人一人が本当に真剣に考える必要があるのではないだろうか。これをただにします、これを援助します、負担は増やしませんと言ってやり繰りで20兆円も金が出て来るのならいくら能無しだったとしても現行政府もそのくらいのことはしているだろう。
国家と国民は運命共同体だ。国が崩壊すれば国民も全ての拠り所を失ってしまう。どういう国にして行こうと言うのか、そのためにはどの程度の負担が必要なのか、そういうことを明らかにして信を問うべきではないのか。納得の行くものであれば国民も負担に応じるだろう。
本来国政に携わる政治家は高度に専門的な知識とを持った専門職であるべきで国家の要である内閣総理大臣のポストもそこそこ健康な成人を据えれば何とか勤まってしまうのではないかと思わせるようではそれこそ困ったことだ。
『もしも時代が俺達を爆弾や砲弾の代わりとして必要としているのならそれは随分過酷な運命だが、それもこの時代を生きる者に課せられた義務なのかも知れない。しかしな、俺達はただの鉄や火薬の塊ではない。自分達が直面しているこの運命を考えて何かを残すことは出来るはずだ。どうしてこの国は国民に爆弾や砲弾の代わりとなることを要求するまで追い詰められてしまったのか。そこに至った過程を考えて後の世代に残すことは出来る。二度とこんな過酷な運命を国民に押し付けることのないように。そのためにはどうすべきだったのか。』
この国の国民はちょっと創造性に欠け、他力本願なところはあるが、誠実でそれなりに優秀な国民だからきちんと説明すればそれがこの国にとって正しいことかどうかをきっと理解するはずだ。政治かも国民もお互いに何をすべきなのかそれを良く考えるべきだろう。なんだかこのままでは戦災よりもひどい亡国になりそうな気がしてならない。
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